いじめで自殺した妹のため復讐しようとする少年は、天国から見たら「正しくない」のか――。そんな問いを最初に投げかける『ヘブンの天秤』。いじめをテーマにした『鬼』という短編で、2019年に17歳で小学館漫画賞の佳作を受賞し、その衝撃的な内容がTwitterで話題となった浄土るるさんの初の連載作品で、2巻が3月30日に発売されます。

『ヘブンの天秤』(1) (ビッグコミックス)


ここは天使たちが住むヘブン。神と人間たちとをつなげるため、日々天使たちが奔走している場所です。天使の一人・メロは天使鑑定で天使としてありえない回答をし、堕天使という判定が出てしまいます。

 

ですがメロの額には、天使の証である十字の刻印がついたまま。本来なら堕天使になったら消えるはずなのにと不思議がられながらも、神の掟で、刻印のある者はヘブンから追放できません。そこでメロは特別な試練を与えられ、下界に降りることになったのです。

 

ヘブンを追放されたら路頭に迷ってしまうメロは、なんとかして迷える人間を探して、救わなければなりません。メロが降りた場所は、刃物を持った少年と怯える親子が対峙する部屋。「天使だよ」と名乗ったメロは、少年に「本物の天使なら」と言われます。

 

彼は妹のクラスメイトから話を聞き出し、母親に庇われているこの女の子が妹をいじめていた主犯だとわかったのです。でも⋯⋯。

 

判断に迷うメロは、下級天使が使う「人間救済マニュアル」を開いて書かれている内容通りに救おうとしますが、なかなかうまくいきません。そして事態が悪くなる中、瞬間的にある判断を下し、天使の必殺技を使って、解決してしまいます。

 

メロの判断は正しかったのか。ヘブンの天使たちがその評価を下します。しかし、メロ自身は割り切れないものを感じるのです。「本当にこれでいいのかな」と⋯⋯。

その後も、人間を救う課題を続けるメロの判断はヘブンでは賞賛されるのですが、正しいはずだけどこれで良かったのだろうか、という苦い後味が残ります。「正しさ」とは、「人を救う」とはなんなのかが読んでいくうちにわからなくなり、正義心がぐらぐら揺さぶられてきます。たとえば、親の介護に苦しむ女性にメロがかける言葉。これも正しく人を救うはずのアドバイスなのに、結末は意外なことになります。

 

また、メロがいるヘブンは一見理想郷のようであり、奇妙な世界です。天使たちには階級があり、神の言う通りにしか動けない。他の天使への嫉妬や高慢、神への反抗心を持つと堕落してしまうので、みんな一定の距離を保っています。そして彼らはヘブンの制度に疑問を持たないよう、何も考えないでいるのです。「正しい」のだろうけれど、なんか不気味さを感じませんか。ヘブンには何かが欠けている⋯⋯と。

 

思い出すのは作者・浄土るるさんのデビュー作。いじめられている子を救ったはずがいじめの対象になってしまうという内容なのですが、本作にも通じるのが、情愛を信じると裏切られる、というテーマ。
浄土さんの描く世界では、相手の言葉をそのまま信じたり誰かに情けをかける人は、報われるどころか裏切られます。本作のメロもまた「裏切られる人」です。ヘブンには人間が持つ情愛という概念が存在しない。でもメロだけが情愛があり、天使なのに人間のような感性なのです。そう気づいてから読み返すと、メロが人をどう救えばいいのかと葛藤する姿がとても人間らしく見えます。メロの救済は報われるのか、そしてメロ自身が救われる=堕天使から抜け出せる日は来るのでしょうか。

 

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<作品紹介>
『ヘブンの天秤』
浄土るる(著)

21歳の鬼才・浄土るるが描く圧倒的問題作。天使鑑定で堕天使という結果が出てしまい、天使に戻るため、人間を20人救うことになったメロ。下界に降り立ったメロは、“弟の病気を治してほしい”という姉に出会い、彼女の願いを聞き入れる。しかし天界から「病気は治せない」と宣告されーー。「信じる」って、「幸せ」って、一体⋯⋯何?

作者プロフィール:
浄土るる
漫画家。17歳の時に小学館新人コミック大賞に応募した「鬼」がSNS上で累計10万いいねを獲得し、話題に。2020年に短編集『地獄色』を発売。2022年6月より「週刊ビッグコミックスピリッツ」で『ヘブンの天秤』連載中。


構成/大槻由実子
編集/坂口彩