2020年春以降、新型コロナウイルスの流行で陰謀論というワードを多くの人が知るようになりました。「コロナは政府が仕組んだ茶番」「ワクチンは毒。接種するとマイクロチップが埋め込まれ、DNAが書き換えられる」など。『母親を陰謀論で失った』は、陰謀論を信じた母親との関係が変わってしまった息子が語る物語です。

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『母親を陰謀論で失った』(シリーズ立ち行かないわたしたち)

主人公・ナオキの母親は、人一倍正義感があり、優しい女性でした。

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現在は、地方から東京に出てきて、妻と二人暮らしをしている会社員のナオキ。妹も上京し、実家では父親と母親が二人暮らしをしています。ナオキと母親は家族の中でも特に仲が良く、コロナ流行前には母親がよく東京に遊びに来てはお茶をしたり、買い物をしたりしていました。

 

しかし、新型コロナウイルスが流行しはじめてから、チャットのやりとりがメインになりたまに電話をしながら、お互いにステイホーム生活を過ごしていました。そして夏に、母親からある動画が送られてきます。
「政府はコロナを使って我々をコントロールしようとしている」「マスクをしていても感染症対策には無意味!」

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母親はとても心配性で、息子が感染しないかをとても気にかけていました。なので、この動画にちょっと戸惑いつつも、母の気晴らしになればいいかと軽く考えて受け流していたナオキでしたが、そのうち一日二回ペースで動画が送られてくるようになります。
動画の人物は断定口調で根拠のないことを上から目線で話すものばかり。母親が推すので見ていますが、見終わるとぐったりします。そしてどんどん過激になっていく内容。

母親への返信は一言スタンプで会話を続けないようにしていましたが、次々と送られてくる動画にたまに反論をするようになったナオキ。彼が特に気になったのは「ある国が新型コロナを意図的にばらまいている」という内容でした。

「母さんさ そうやって特定の国籍の人を悪く言うなんて絶対ダメだよ 小学生の頃 母さんが俺に言ったよね?」

そんなやりとりを半年くらい続けた頃、決定的なことが起きます。

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乱暴な口調で耳が痛くなるほどの大声で、息子を怒鳴る母親。得体の知れないものに乗り移られたかのような様子にナオキは「母さんがやばい」と危機感を覚え、母親を変えてしまった陰謀論とはなんなのか? と、陰謀論者界隈について調べはじめます。

その後、幸せだった家族が陰謀論の動画で崩壊したというニュースを見て、ナオキは自分が新型コロナの「インフォデミック」に巻き込まれたのだと知るのでした。

陰謀論を信じるのはどんな人たちなのか? 

ナオキは母親を愛するあまり、陰謀論を信じている人は悪い人じゃないよね? コロナやワクチンの話をしていなければ普通の人たちなのに、と考えます。陰謀論を信じる人たちを理解するヒントとして、本作の最後には、筑波大学教授の原田隆之氏による「陰謀論の心理学」という解説がついており、陰謀論を信じやすい人たちについての説明があります。

“研究者たちは、陰謀論を信じやすい人々は、自分は社会から不当な扱いを受けてきたと感じているケースが多いと述べている。そして、陰謀論に触れて「自分は他人の知らないことを知っている特別な存在である」と思い込むことによって、劣等感を補償し、自尊心を取り戻そうとする心の働きがあると述べている。
さらに、陰謀論に陥る心理の奥底には、「不安」がある。“

作中では息子目線での母親しか描かれていないのでわからないのですが、もしかしたらナオキの母親は、自分は不当な扱いを受けている、と感じて生きてきた女性だったのかもしれません。

そして「不安」。陰謀論の動画を送られてきた後、ナオキは思います。
「母さんはほんとにコロナが怖いんだなぁ」。

コロナ禍の時代に必要なスキルとして、ネガティヴ・ケイパビリティが注目されたのを知っていますか。「事実や理由を性急に求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力」で、問題に対してすぐに答えを出して脱出する能力であるポジティブ・ケイパビリティと対になる言葉です。これまでの時代は、いかに早く答えに辿り着けるかが重要視されてきた気がしませんか。コロナ禍でも不安から逃れるため、すぐに答えを求めてしまう人たちが陰謀論にはまったのではないかと思うのです。

陰謀論に限らず、この3年間は正しさの競い合いになっていました。マスクやワクチン、社会での正しい振る舞いを主張し、そこから少しでもはみ出したら糾弾される雰囲気がありました。
2020年春の私たちに、2023年春の私たちは語りかけられます。時間が過ぎるのを待ってみてはどうだろう、と。少しずつでも状況が変わってゆくから。やまない雨はないのだから、苦しいけれどどうかわかりやすい答えにすぐにすがりつかないでほしい、と。

 

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『母親を陰謀論で失った』
ぺんたん (原著)  まき りえこ (著)

「2020年春。新型コロナウイルスのまん延により、私たちの生活は大きく変わった。
それは生活だけでなく、強固だった人間関係にも影響を及ぼした」。東京で妻と暮らす息子・ナオキ、地方で父と暮らす母親・ケイコ。どこにでもある仲の良い親子だったふたり。コロナ禍の度重なる社会不安により会えない日々が続くが、お互いを想い合って過ごしていた。しかし、ある時期から母親が怪しい動画を送りつけてくるようになり―――。
陰謀論を信じる母親に揺り動かされる息子とその家族たち。
noteで話題となった記事「母親を陰謀論で失った」に大幅な脚色を加え、コミック化。


作者プロフィール:
ぺんたん:
30代男性。陰謀論にハマった母親との出来事を赤裸々につづった『母親を陰謀論で失った』(note)がバズる。現在は会社員として働く傍ら、陰謀論で家族を失った人々との交流を図っている。

まき りえこ:漫画家。「実家が放してくれません」「オトナ女子の謎不調、ホントに更年期?」(集英社刊)。「小学生男子のトリセツシリーズ」(扶桑社刊)など、コミックエッセイ著作多数。
Twitter:@toriatamaxp


構成/大槻由実子
編集/坂口彩

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