価値観をあぶりだす触媒
一昔前は、子どもがいない夫婦には「赤ちゃん早くできるといいわね」などの立ち入った発言がしばしばなされてきたことと思います。しかし、最近では少しずつ、他人の選択にとやかくいうべきではないという常識が浸透してきたのだと筆者は感じていました。もちろん失言はまだあるけれど、自分も含めてお互いの価値観を尊重する方向に世の中が動いているのだと。
しかし、それは平和的な物の見方なのだと由紀さんのお話を伺って感じました。
「自分がそうなってみて初めて気がつきましたが、『選択したうえで子どもがいない夫婦』という存在は、いわば触媒のようなもの。モヤモヤを誘発することがあるんです。議論を吹っ掛けられがち、といいますか。私たちの在り方について、なにかしら思うところがある人というのがいて、不意にぐさっと刺してくるんです」
それは例えばお姑さんのような存在や、職場の年配の方ですか? と尋ねると、まったくの的外れ。意外にも身近なところからの声だったといいます。同世代の友人たちから「どうして結婚したの? 子ども要らないのに。旦那さん年上すぎて将来、かすがいがないとデメリットのほうが大きいかもよ」と心配しながら言われたとき、由紀さんははっとしたと言います。
「彼女にとっては、結婚の一番重要な意義は子どもを産み育てること。それをしないならば結婚の意味はないと考えているんだなって。一方私は、夫と将来も暮らしたかったし、それならば多少なりとも夫婦として法律で守られたいと考えていました。でも彼女にとって、それは旨味が少なく、年上過ぎる夫は介護などわずらわしさのみだと映ったのでしょう。こんな調子で、いろいろな方がコメントしていくんです(笑)」
触媒とおっしゃる意味が分かってきました。自分たちと異質な夫婦に出会ったとき、各自の潜在的な価値観があぶり出され、露呈するということのようです。
ほかにも信也さんに対して「由紀ちゃんはまだ若いのに子どもを産ませてあげないなんて可哀想。信也さんが年上で頑固だから言い出せなくて諦めているに決まってる」、「子ナシで勝手気ままに暮らすなんて美味しいとこどりでずるいなあ」、あるいは「出来なかったのね、可哀想に」と腫物扱いされるなどさまざまな反応があったそうです。
結婚をすること、しないこと、子どもを持つこと、持たないことなどの人生の選択は、さまざまな道のりや価値観の結実です。もちろん必ずしも計画的ではないにせよ、それも含めて、世間の常識や潮流と、各自の意識の段階のバリエーションが膨大なのだと思いました。
幸いにも、2人の価値観が一致したうえで選択した由紀さんご夫婦は、他人にあれこれ言われても大きく傷つくことはなかったと言います。
しかし、結婚生活とは長いもの。問題はそう単純ではありませんでした。
後編では、生きづらさを抱えたご夫婦が家族2人水入らずで暮らす中で起きた新たなる問題について伺います。
取材・文/佐野倫子
構成/山本理沙
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