平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
お隣のあの人の独白に、そっと耳を傾けてみましょう……。
 

第13話 夜、忍ぶ女

 

「おばあちゃん! 千春ちゃん! 久しぶり~ッ、お迎えありがと」

私は新幹線を降りると、美味しい空気を思い切り吸い込み、改札口までボストンバッグを抱えたまま走った。満面の笑みを浮かべたおばあちゃんと、その妹の千春ちゃんに抱きつく。

 

「あらあら、莉子ちゃんすっかり大人になって! 24歳? もう3年以上もこっちに呼べなかったものね、ごめんねえ」

「ううん! おばあちゃんにコロナうつしたら大変だもんね。でも寂しかったよ~! 千春ちゃん、駅まで運転してくれたんだ、ありがとう」

私は、足が少し悪いおばあちゃんを支えて横に立っている千春ちゃんに御礼を言う。おばあちゃんと歳が19歳も離れている妹の千春ちゃんは、まだ50歳くらいのはず。昔から年齢よりもずっと若く見える。ふっくらと白くてキメの細かい肌に、えくぼがやわらかく浮かんでいた。

「いいの、いいの、莉子ちゃんすっかりキレイなお姉さんになって。さあ、おじいちゃんも工場を閉めたら急いで帰ってくるって言ってたわ、母屋に行きましょう」

千春ちゃんはにこにこ笑顔で駐車場のほうを指さす。彼女は結婚しておらず、おじいちゃんとおばあちゃんが経営する小さな工場で経理を担当している。母屋の近くのアパートで暮らしていて、私がおばあちゃんの家に行くと、一緒にご飯を食べたり、車であちらこちらに連れていってくれたり。……じつは地元でちょっとした名士だったひいおじいちゃんがよそに作った子で、おばあちゃんとは半分しか血がつながっていないと知っていたが、忘れてしまうくらい、優しくて大好きな親戚だった。

「せっかく親戚がたくさん集まる結婚式だっていうのに、莉子ちゃんのお父さんもお母さんも海外駐在で出席できないとは残念だね。莉子ちゃんが出席してくれて本当に良かった」

私は千春ちゃんの言葉に、なんだか大人扱いされたようでくすぐったい気持ちになる。この3連休は旅行気分で羽を伸ばそう。私はウキウキする気持ちを抑えきれずに田舎の空気を吸い込む。

……その時はまだ、「あの光景」のことは完全に忘れていた。
 

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幼い頃に見た禁断の場面が、今よみがえる……。
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