電気代にとどまらない、制度の影響で確実に起こるインフレ
小泉:消費者が一番身近で目にするインボイスは、Amazonといったネットショッピングでのお買い物かもしれませんね。例えば2023年10月に制度が導入されると、Amazonなどの領収書の一部が「インボイス」になってくると思うんですが、これは出品者が課税事業者である場合です。
佐々木:Amazonの場合は「Amazonビジネス」というのがありますよね。もしかしたらそちらのほうは、インボイスが出せない出品者(免税事業者)が排除される可能性はあるかもしれません。「インボイス発行事業者の絞り込み」というような機能は、できてきそうですよね。
アツミ:ミモレの読者には、メルカリやminneなどでモノを売買している人もいるかもしれませんが、個人のやり取りが中心のそのあたりのサイトは「対応しない」ところも多いようですね。お客さんも消費税申告をしない人が多いからでしょうか。
小泉:私は仕事に使う資料などをメルカリで買うこともあります。もし私が課税事業者になったら、メルカリの出品者がインボイスを出してくれないと、その分の消費税を私がかぶることになるんですよね。企業は「経費精算での領収書はインボイスしか受け付けない」という姿勢になってくるでしょうから、インボイスを発行できない免税事業者は追いやられていきますよね。
佐々木:「インボイス発行事業者の絞り込み」は食べログとかぐるなびとかでも出てくるかもしれません。たとえば会社が支払う会食とかでは「免税事業者は使わないで」ということになる可能性も高いので。
アツミ:駅のタクシー乗り場から免税事業者の個人タクシーを排除する動きや、公共事業の受注から免税事業者が締め出されるような動きがあったそうですね。
小泉:これってつまり税制によって、自由な取引ができなくなってしまうということなんですよね。買いたいものがそこにあるのに、一緒に仕事したい人がそこにいるのに、インボイス制度があるから叶わない。双方にとってものすごく不幸な状況だと思うし、商取引をいびつにゆがめるものだと思います。
常松:公正取引委員会が取り締まることもあるんでしょうか?
佐々木:一方的な値引きの要求とか、未登録による取り引きの中止は、「優越的地位の乱用」として独占禁止法に触れることになってはいるんですが……。
アツミ:とはいえ「双方納得の上での引き下げなら、問題にならない」とあるのが気になります……。「STOP!インボイス」の動画で、公正取引委員会の方とのやり取りを見たんですが、相談窓口が全国で6ヵ所しかない、ときくと……、
佐々木:「やってるアピール」にすらなっていないんですよね。
小泉:取引先との関係に圧倒的な力の差があるとき、要求されたことに「NO」とはなかなか言えないですよね。「登録番号下さいね」とか「登録しないなら値引きを」とか言われた時にどういう圧を感じるか。断ったらどうなるかわからないし。スタートから立ち位置が違う相手に「交渉できるのか?」というのが正直なところです。それこそ、私がmi-molletを運営している講談社に交渉するってちょっと現実的じゃないと思うんですけど、それを、フリーランスや個人事業主に求めているわけです。
佐々木:逆に、例えば政治家の人たちって、大手マスコミ相手の執筆や出演で、年間数百万円の事業所得があるんです。でも彼らはたぶん、インボイスに登録しなくても大丈夫そうですよね。出版社が「インボイスがないなら●●先生との取り引きはなしで」とは言えないでしょうから。これぞ「力関係」ですよね。
アツミ:この制度の立て付け自体が、もはやパワハラですね……。
小泉:そうなんです。問題は、そういう状況を国が作っていること。払ってくれるなら誰でもいいから、民間で話し合ってうまくやってね、と。でも結果として誰が泣くことになるか。たいていは弱く声の小さい、後ろ盾のない人や消費者ではないでしょうか。
アツミ:個人のフリーランスや零細の事業主が割を食う感じがあるんですよね。私の周辺でも「課税事業者にならないなら、消費税分の値引きを」とか「課税事業者にならないなら仕事が頼めない」などと言われたという話も耳にします。
手間と負担が増えた上に、働き方の多様さも失われかねない
佐々木:文化・芸術の分野がよく言われていますが、そもそも低い収入でどうにか頑張っている人たちが廃業に追い込まれかねません。先日のSTOP!インボイスの記者会見では、映像ディレクターの方が「このままでは海外に仕事の場を移すしかない」なんてこともおっしゃっていましたし。
常松:そうなると特定の分野の産業自体がダメになってしまいそうな気も……。
小泉:農業にもインボイスは関わります。道の駅に野菜を卸している若い農家さんが今、道の駅の運営会社からインボイスを求められていて、取引から排除されそうになっています。道の駅での売上は大切な収入ですから、それを失わないためにインボイス発行事業者になれば、そのための事務の時間がとられ、さらに税金も取られてしまいます。
その方は、自然に負荷をかけない農業を手間暇かけて実践している「自然農法の分野の新星」として知られる方で。自然に優しいということは人間には厳しくて、それこそ寝る間を惜しんで農作物を育てているんです。でも、そのおかげで無農薬のいい農産物が作れて、里山の環境にも優しいという、持続可能な社会を目指している方なんです。
こういった若い農家さんが実践されているSDGs的なことって手間暇がかかるし、長い目で見る努力やチャレンジが必要なものだと思うんですが、インボイスはそういう人たちの努力を潰しかねないわけですよね。
アツミ:当初はフリーランスだけが影響を受けるかのように思われていたけれど、お聞きしていると、本質とは無関係な手間と負担ばかりが増えた上に、市場の多様さとか、働き方の多様さとか、今の時代にこそ求められているものが、全部失われていく感じですね……。
次回は「【インボイス制度】確定申告を2回やるなど、事務作業のスーパー煩雑化のリアル」をお届けします。
取材・文/渥美志保
構成/常松静香(編集部)
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