——物語が進むにつれて山戸家の歴史が明らかになっていきますが、とある性暴力事件が起きたとき、一葉(四葉の母)や四葉さんは被害者にできる限りのことをするし、権力者である加害者にも果敢に立ち向かってきます。だけどそれが原因で世間から猛烈なバッシングを受けてしまいます。どれだけ正しいことをしても、社会が追いついていないと、正しい人たちは潰されてしまうというのがなんとも残酷です。
柚木:たった10年遅かったらふたりは称賛されていたと思うんです。そういうことって、社会でもよくあることなんです。
編集に関わらせてもらっているエトセトラブックスで田嶋陽子さんを取り上げたときに、出演されていた1980年代のバラエティ番組の大量のVHSを観る機会があって。田嶋さんがイジられて、怖いキャラ扱いされている場面だけ切り取ったものを一本一本観てびっくりしたんです。当時の、水着の女の子が水を運んでるような番組に、2023年の価値観のごく平均的な人が出ていたらこうなるな、というくらい普通なんです。
男性芸能人がセクハラなんて我慢したらいい、騒ぎ立てるのがおかしい、と平気で言うような時代に、「それおかしいでしょ、それは女性蔑視ですよ、犯罪だよ」と言っていた田嶋さんのほうが、今なら普通なんです。映画の原作者の作家たちと共に昨年出した、映画業界の性暴力撲滅を訴えるステートメントも、10年前だったら叩かれていたと思います。「女性の作家にはそういうことを言って欲しくない」「物語を見る目が変わっちゃう」とかね。
だから、今批判を浴びていることも、来年になったらどういう反応になるのかわからないですよ。例えその時点では受け入れられなくても、いつか必ず言い続けていた人は偉かったな、となる時がくると思います。
インタビュー前編
「満州事変の直前に似ている」作家・柚木麻子が若者の「失敗できない」という空気感に感じること>>
<新刊紹介>
『オール・ノット』
著:柚木麻子
奨学金を借りながら大学に通う真央は、実家が貧しく、PCが買えず、一人暮らしの資金もないためシェアハウス生活を送っていた。アルバイトで資金を貯め、一人暮らしは叶うも、友達もおらず、バイト先と大学を往復するだけの生活を送っている。
将来奨学金を返済することだけを考え、そこから逆算して学部や将来就く職業も決めた。
そんな真央はある日バイト先で、嘘つきだがその人が売り場に立つとたちまち商品が飛ぶように売れる、不思議な試食販売員のおばさんに出会う。
山戸四葉というその人は、実は名家の出身で……。
真央は山戸家の周辺の様々な女性に出会い、山戸家にかつておきたある事件の真相を知ることになる。
今度の柚木麻子は何か違う。
著者の描く3歩先の未来にあるのは、ちょっとの希望とささやかな絆。
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友達もいない、恋人もいない、将来の希望なんてもっとない。
貧困にあえぐ苦学生の真央が出会ったのは、かつて栄華を誇った山戸家の生き残り・四葉。
「ちゃんとした人にはたった一回の失敗も許されないなんて、そんなのおかしい」
彼女に託された一つの宝石箱が、真央の人生を変えていく。
「大丈夫だよ。オール・ノットの真珠にすれば。あんたみたいながさつな子も。これは絶対に切れない、そういうつなぎ方をしているんだよ」
「え、オール・ノットって、全部ダメだって意味じゃなかったっけ?」
「全部ダメって意味もあるけど、全部ダメってわけでもない、っていう意味もあるんだよ。そうだよ。全部ダメってわけじゃないんだよ。なにごとも」
撮影/市谷明美
取材・文/ヒオカ
構成/坂口彩
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