恵梨香の告白
主人とお見合いで出会ったのは27歳の頃よ。彼は当時まだ大手商社につとめていて、いずれ実家の会社を継ぐことが決まっていたの。
私は今時珍しいかもしれないけれど、結婚したら専業主婦になると決めていて。え? ごめんなさい、主人とお付き合いする前から、そう決めてたのよねえ。おかしいかしら?
彼もそこは異存がなさそうだったし、このままお付き合いを続けてれば1年くらいの平凡で幸せな交際期間を経て、結婚するんだろうなあって思ってたの。
それが「結婚適齢期」っていうものでしょう?
でもね、事件が起こった。
彼がね、二股をかけていることが発覚したの。え? 気のせいなんかじゃないわ。ばっちり証拠もあったのよ。
それでどうしたかって? ふふふ、志保さんたら急に血相変えちゃって。もしかして参考になりそう? それは良かった。
わたしは、その頃にはすっかり主人のことが好きになってしまって、誰にも渡さないと決めたの。でも、泣いてすがったところで、ちょうど相手の女性――まあ私とは全然タイプが違う人でね、彼と同じ会社の、とっても仕事ができる人だったんだけど――その人と盛り上がっているところだったし、取られちゃうかなという感じだったのよ。もともとお見合いだしね、彼もどこか私とは理性的にお付き合いしていたから。
でもね、神様が味方してくれたの。
私は二股をかけられていることには気づかないふりをしていたんだけど、ちょっとした計画を立てて。
彼に遠出のドライブデートをせがんで、気分を変えてもらおうと思ったのよ。素敵なレストランでランチをしたあと、海辺の展望台に上ったわ。
外階段は急で、狭くて、鉄骨で、そのスリルがちょっとした名物だったんだけど……彼と私は、手すりにつかまって、一列になって登ってね。手を繋げないような、人とすれ違うのがやっとのようなところ。
デートで、ハイヒールを履いていた私は転倒して、踊り場まで鉄骨の階段を一気に落ちたの。
脚を滅茶滅茶に骨折してね……今でも左足が悪いのはそのときの後遺症。
彼は、自分が後ろにいれば支えられたはずだと自分を責めたわ。せっかちな彼は、うっかり前を歩いていたのね。そういうところに良心の呵責を感じる、育ちのいいジェントルマンなの。おかしいでしょ? それより二股をかけていることを悔いてもらいたいわよねえ。
それから1年後、私たちは無事に結婚したというわけ。
春の宵、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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