ファッションスタイリスト佐藤佳菜子さんが日常に感じる思いを綴る連載です。
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ここ7〜8年、いつも不完全な爪で過ごしていた。
前の夫と一緒にいた頃、頻繁にロンドンと東京を往復する生活をしていた。いつも東京に居られるわけではなかったので、月に1度のネイルサロンが暮らしのなかで負担に感じて、いつの頃からか通うのをやめた。それまで、大学生の頃から欠かしたことがなかったルーティーンだったが、仕事に移動にとタスクの多いライフスタイルだったので、一つでも義務を減らしたかったのもあると思う。
マニキュアを塗るのはまったく嫌いじゃないので、撮影の合間の待ち時間などに、新作のカラーをチェックしながら、ささっと塗ったり、夜中に精神統一がてら、色を塗り替えたりする時間もなかなか気に入っていた。しかし、マニキュアはあっという間にハゲる。驚くほどに刹那主義なのはなんでなの。とくに、洋服を年中触って手を酷使しているので、塗ったその日には、もうどこかが欠けているような状態。
マニキュアが謳う「ロングラスティング」を叶えるには、たぶん、おそろしくロイヤルな暮らしが必要だ。それとは真逆な生活をするわたしは、一度だってネイルが完璧なコンディションであった試しがない。そのことが気になりながらも、忙しさの中で、なんとなくおざなりになっていた。
ところが、ここにきて突然、ネイル欲が湧いてきた。派手でなくていい。ただ、あの完璧な手が恋しくなったのだ。新しいネイルサロンに行ってみることも考えたが、だいだい素敵な人が通っているサロンは新規の受付をしていなかった。これは、昔からなじみのサロンに戻れというお触れなのかと思い、ひさしぶりに昔の同級生を尋ねるような気持ちで、大学時代から通っていたサロンに舞い戻った。
そして、本当にひさしぶりに完璧な爪にアイマミエタ。ネイル自体がきれいになったことは、もちろんわたしを喜ばせたのだが、「人の手にかかる」ということの幸せさも同時に思い出した。通う面倒臭さや、時間を費やすことと引き換えに得る「心の豊かさ」。それが、サロンの醍醐味だったなと。
年々、多動とせっかちがひどくなり、とにかくひとつのところに長時間座っているのが苦手。美容院も30分で帰りたいので、髪なんて本当は自分で乾かしたい。長年、時間のない切羽詰まったくらしをしてきたので、非効率的なことと、非生産的なことが大嫌い。不意のネイルサロンが、加速度を増して生き急ぐわたしに、ストップをかけてくれた。「止まれ、マキバオー」
ネイリストさんがいうには、「40過ぎたらなんでもいいから、爪にはオイルが必須」だそうです。知っていましたか、ご婦人方。これからは、立ち止まって爪にオイルを塗れる婦人を目指していきたいです。
スタイリスト佐藤佳菜子さんのコーディネート
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バナー画像撮影/川﨑一貴(MOUSTACHE)
文/佐藤佳菜子
構成/高橋香奈子
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