こんにちは、ブランディングディレクターの行方ひさこです。
今日は、先日の弾丸で訪れた「工芸と食を巡る熊本旅」の前半戦をお届けします。熊本には、雑誌の撮影や日本酒メーカーさんの田んぼで酒米の田植えをしたり、プライベートで友人に会いに行ったりと何度か訪れていますが、全然まだまだ巡りきれん! 熊本はとにかく大きいですよね。
素晴らしい神社もたくさんあるし、美味しいお店や温泉もある(最近は人気のサウナもあるよ。)そして、何より素晴らしい自然があります。「火の国、くまもと」だと思っていたら、同時に「水の国、くまもと」でもあると知りました。そういえば、サントリー天然水の水源の一つは、阿蘇だって聞いたことがある。海も山も、清らかな水も豊富な熊本、本当に奥が深いなぁ。
今回の熊本旅は、シンクガービッジという熊本だけでなく、九州を中心に海外でも様々なホテル旅館・観光DXなど手掛けるIT会社にアテンドしていただき(本当にお世話になりました!)、彼らの仕事の一部を拝見したり、私の希望の場所を訪れたりと限られた時間の中でアグレッシブに周らせていただきました。
THINK GARBAGEの社長、日置さんとは、あるお仕事でご一緒をさせていただいていて、そんな中で、「ひさこさんがまだ知らないディープな熊本がある!」と言われ、彼の地元熊本でもご一緒できたら! という話しから、今回の旅が実現しました。
時系列はバラバラですが、前半戦、行ってみましょー。
熊本の民窯、小代焼
雑誌の撮影取材で小代焼の窯元は1つだけ訪れたことはあったのですが、もっと知りたい、見てみたい! ということで小代焼の見学に。
小代焼とは、熊本県玉名郡南関町や荒尾市など、熊本県北部で約400年前から焼き続けられてきた陶器。荒尾市の東に位置する小岱山 (しょうだいさん) の麓から採れる陶土を原料としているので、小岱焼と言われることもあるそうです。
地図の上の方、会寧のあたりで同じような焼き物が作られていたことから、ここがルーツではないかと言われています。はるか昔にこんな遠くから遥々持って来られた焼き物が、今もなお廃れることなく作り続けられていること事態がとても感慨深い。
肥後・細川藩の御用窯として茶陶のほかに日用雑器も作られていて、特に江戸時代後期になると壺や甕、徳利、湯たんぽなどのさまざまな日常の道具が作られるようになりました。
「雪が降ったような白」柳宗理は、こう賞賛したと言われています。色により青小代、黄小代、白小代と分けられ、どれも素朴かつ力強い味わい!
明治維新の後、藩の庇護がなくなったことで小代焼は衰退してしまいましたが、2002年に、12の窯元で「小代焼窯元の会」が発足し、都市圏などで小代焼の普及のための展示会活動が行われています。2003年には、国の伝統的工芸品に指定されました。
大きな登り窯を持つ、ふもと窯へ。
お伺いしたのは、小代焼の窯元の中でも最大級6袋の登り窯を所有する「ふもと窯」。数々の受賞歴を持つ初代 井上泰秋さん、2代目の尚之さんとお弟子さんで作陶されている窯元です。
伝統的な技法を用いて作陶されている初代 井上泰秋さんの作品は大らかで優美なものたちばかり。小代焼の代表的な技法は柄杓に取った釉薬を器の表面に勢いよく振りかけ、その流れや滴りで文様を表現する“打ちかけ流し”ですが、井上さんは新たに“蒔(まき)釉がけ”という独自の技法を編み出しましたそうです。
技術が鈍らないよう大皿などは作り続けて行きたいとおっしゃる泰秋さんに、「これ、カレイ? ヒラメ?」と聞く私。軽々持っているように見えますが、実はこれ、かなり重くて腕がプルプルしております。焼く前はもっと大きいわけですし、陶芸家はやっぱり重労働ですよね。
実は、色が濃くぼってりとしたものが多い小代焼に少しだけ苦手意識もあって。でも、今回色々と拝見させていただく中で花器の美しさにため息が止まらず。またしても「好き」の幅が広がりました。
「雪が降ったような白」と言っても様々なニュアンスがありどれも素敵すぎて、とにかく全て揃えて並べてみたい衝動に駆られますね。小上がりに勝手に上がり込んで、時間が押してるというのにここに20分はいたかもしれない(笑)。
「うつわは、出会いだよ。」と泰秋さん。もちろん分かってはいるのですが、最近は買いすぎて家計を圧迫しているので、ひとまずググッと我慢、我慢。また、泰秋さんにも会いたいし、絶対に来る! と心に決めました。あー、白い花器に埋もれて暮らしたい………。
最近では、うつわの製作よりも仏像作りにハマっているとのことで、色々拝見させていただきましたが、まぁ、穏やかでいい顔をしたものばかり。
小学生の時にはじめて作ったエビス様も飾られていたのですが、え、なんなの、この上なく幸せそうなこの顔は! 小学生でこんな表情を作り出せるなんて、本当に驚きです。なんだろう、やっぱり泰秋さんの人柄を表しているんですかね。本当に笑顔の素敵な可愛らしい方でした。
2代目尚之さんは、小石原太田哲三窯に学び、小代の地に戻った後スリップウェアを作陶しています。スリップウェアとは、一般的には17-18世紀のイギリスで焼かれた、化粧土で模様をつけたもの軟陶のことですが、同じような模様は日本にもありました。イッチン、筒描きなどと呼ばれていて、九州ではポン描きと呼ばれていました。小石原修行した際に、このポン描きを習得されたそうです。
今の食卓に合うようにアレンジはするけれど、古いものに共感しながら作っていうという尚之さんは、アパレルブランドとのコラボもされている人気の作家さん。昔のものに敬意を払いつつ、今の暮らしに寄り添うスタイリッシュな作品に溢れていました。「作品に、その人の全てが出るからね」とおっしゃっていましたが、繊細で優しい人柄と、美しいものがとても好きな方なんだなと感じるものばかりでした。
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