逆に言えば、顧問の献身的な努力のみで支えられている部活動というのは、閉鎖的になりがちであり、場合によっては外部からのチェックが働かず、生徒へのハラスメントなど別な問題が発生する可能性もあります。
今の時代は、様々な考えや価値観を持った人が集まることを前提に組織を運営することが求められます。メンバー間の、いわゆる「あうんの呼吸」で回すことができた昭和の時代とは異なりますから、透明性を確保することや、明確なルールを定めることが何より重要です。
様々なトラブルの話を聞くにつれ、「昔は良かった」と懐古する人もいるかもしれませんが、時代というのは常に変化していくものです。これからは、個人主義がさらに進みますし、言葉や文化が異なる人と同じコミュニティを運営することが当たり前の社会となってきます。そうした現実を考えると、学校の部活動についても、運営方法を変えていく必要があるでしょう。
ちなみに日本のような形式の部活動というのは、米国や欧州の学校にはあまり見られないものです。
日本の場合、「課外活動」という名前になっていますが、事実上、学校のカリキュラムとして一体化しているケースがほとんどです。一方、欧州では地域にスポーツクラブがあり、そこで活動する生徒が多く、日本でいうところの部活動はほとんど存在しません。米国には学校の部活動がありますが、たいていの場合、シーズン制になっており、メンバーも実力で選抜されるので、競技大会出場を目指した時限的プロジェクトというニュアンスが強いと思います。
日本では、運動部を中心に部活動への帰属が強く求められ、学校生活と一体化していますが、あくまで運営は顧問中心に行われるなど、名目と実態の乖離が激しいという特徴が見られます。
学校は純粋に勉強する場所と定義し、それ以外の活動はあくまで個人のレベルで行う方がよいのか、学校が全面的に部活動をサポートするのが良いのか、大きな方向性をまず決める必要があるでしょう。もし学校行事として行うのであれば、適切な予算や人員の配置が不可欠ですし、経済的な手当てをどうするのかという議論をおざなりにした状態では、うまくいくものもうまくいきません。
前回記事「「2024年問題」抱える運送業界は悲鳴…それでも“送料無料”をやめられない原因は、私たち消費者にある」はこちら>>
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