矢田部教授の失脚で、大学の正規ポジションを獲得
今度は、不信を買っていた矢田部教授が職を追われる立場となり、富太郎の才能を認めていた松村任三が教授に就任。富太郎は、東京帝国大学理科大学の助手として迎えられることになりました。
「月給15円と少額ではありましたが、大学の正規のポジションを得ることに成功したことは大きな立場の変化でした」
学歴のなさがネックになっていた富太郎に、ようやく光が差した瞬間だったのでしょう。しかし、妻・壽衛の経済的な支えがあったとはいえ、子だくさんの富太郎一家にとって、月給15円で生活していくのは大変だったようです。そんな彼に、再び助け船が出されます。
「同郷の土方寧が、富太郎のことを気にかけて帝大総長・浜尾新に富太郎のことを紹介してくれたのでした。浜尾は、大学のプロジェクトとして『大日本植物志』を出版することにして、富太郎にその仕事を一任し、その給料を特別に出すことにしてくれたのです。富太郎はこれに感激して、仕事にますます励みました」
どうにも嫉妬の連鎖を生み出してしまう才能と個性
こうやって見ると、困難に直面した富太郎の前には必ず助けてくれる人が現れています。おそらく、突き抜けた才能と個性を持つ彼は、どう転ぼうと周りの人を引き付けてやまなかったのでしょう。中には、矢田部教授のように強烈なパワーに当てられ、ダークな一面が引き出されてしまった人もいたようですが。実際、矢田部教授以外にも同じパターンに陥った人物がいました。
「人の嫉妬は連鎖するもの。矢田部の次は松村が富太郎に嫉妬するようになったのです。何かにつけて『大日本植物志』の出版を邪魔するようになり、結局第4集まで出してこの企画は頓挫してしまいました」
嫉妬に狂った松村教授は学長に談判し、富太郎を罷免してしまったといいます。やはり、富太郎の強烈な個性は、良くも悪くも人の心をかき乱してしまうのかもしれません。2度も同じ憂き目に遭うと常人なら心が折れてしまうでしょうが、彼はそうではありませんでした。その強靭な心を作り出していたのは、どうやら植物への愛情だけではなかったようです。
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