眠らない街の悲哀を短歌にしたため、磨き上げたトークと接客スキルでお年寄りを介護する。行っているのは、いずれも新宿・歌舞伎町のホストのみなさんです。歌会の主催と介護事業を展開するのは、Smappa!Group会長の手塚マキさん。歌舞伎町でホストクラブを経営しながら、ボランティア団体「夜鳥の界」を立ち上げて街頭の清掃活動を行ったり、震災被災地への寄付を行うなど、社会貢献にも積極的に参加する元ホスト経営者として知られています。特別インタビュー第1回目は「ホストと介護」を結びつけた手塚さんにだからこそ聞いてみたい、キャリアへの不安の対処法についてお聞きします。
 

第2回「​「呪いの魔法」を解くのは、映画や花だと思う。セレブ暮らしを手放した元No.1ホストが考える、本当の幸せ【手塚マキさん】」>>

第3回「​​介護事業は毎月赤字、それでも事業はやめない。ホストクラブ経営者が語る、「お金儲け」の向こう側にあるもの【手塚マキさん】」>>

第4回「偏見や職業差別には慣れている、それでも...。強烈な逆風が吹いたコロナ禍の「夜の街」で、手塚マキさんが思ったこと」>>

 

手塚マキ Maki Tezuka
Smappa!Group 会長。歌舞伎町でホストクラブ、BAR、飲食店、美容室など20数軒を構える「Smappa! Group」の会長。1977年、埼玉県生まれ。歌舞伎町商店街振興組合常任理事。JSA認定ソムリエ。97年から歌舞伎町で働き始め、ナンバーワンホストを経て、独立。ホストのボランティア団体「夜鳥の界」を仲間と立ち上げ、深夜の街頭清掃活動を行う一方、NPO法人グリーンバードでも理事を務める。2017年には歌舞伎町初の書店「歌舞伎町ブックセンター」をオープンし話題に。2018年12月には接客業で培った“おもてなし”精神を軸に介護事業もスタート。著書に『裏・読書』(ハフポストブックス)、『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』(幻冬舎)など。歌舞伎町で歌会を開催、ホスト75名の短歌を収録した『ホスト万葉集』(講談社)も話題を呼んだ。

 

「仕事だけできていた頃の自分」を是としていないか


――(取材場所に案内していただきしばし呆然とする取材陣)、歌舞伎町にこんな素敵な場所があったんですね! これは能舞台ですか。

手塚マキさん(以下、手塚) ここはもともと、昭和16年にできた「中島新宿能舞台」という場所。解体の話が出てたんですけど、日本の素晴らしい伝統芸能も歌舞伎町のレガシーもなくしたくなかったんで、うちで買い取って「新宿歌舞伎町能舞台」として残すことにしたんです。ちなみに、舞台上には白足袋を履かないと上がれないんですよ。

――それは知りませんでした……! それにしても、手塚さんはホストクラブを経営しながら異業種にも積極的に挑戦されていますよね。能舞台もそうですが、ホストのみなさんと介護事業もしていらっしゃることには驚きました。

手塚 介護は僕自身が人生で関わっていくべき分野だと思ったし、社会としても考えるべき課題だと思ったので。ということもあるんですが、実はそれほど大仰なことではなくて。うちがビジネスとして持っているリソースを、横展開しているだけなんです。

――それはつまり、ホストのみなさんのおもてなしや対人スキルを介護に活かされているということですよね。手塚さんのスキルの再発見や横展開という考え方は、例えば育児や介護で仕事から離れたり、子育てを終えてキャリアを再開させたり。そんな女性の、スキルやキャリアへの不安解消のヒントになる気がしまして。

手塚 でもちょっとお聞きしたいんですけど、それって不安になることですかね? 僕が偉そうに言うことではないけれど、多分「仕事だけできていた頃の自分」を標準値にしているから、焦ったり不安になるんじゃないのかなって。その価値基準だと、子育や介護や専業主婦でせっかく培われたスキルを「仕事にも活かそう」とはなかなか思えなくないですか。だとしたらすごくもったいないと思うんですよね。
 

ビジネスの論理だけで、自分の価値を測らない

 

――「仕事だけできていた頃の自分」が標準値だと、たしかにハードルが上がります。

手塚 だって、家事も育児もめちゃくちゃ大変ですよね。以前、スペインの夫婦の離婚裁判をニュースで見たんですけど、専業主婦だった元妻に「家事25年分の賃金」を支払うよう夫が命じられましたよね。3000万円ですよ? 家事労働にはそれだけ価値があるという素晴らしい判例だと思うし、専業主婦の方であれパートの方であれ、もっと堂々としていればいいんじゃないかな。僕も結婚していて子どももいますけど、本当に尊敬しかない。逆に「オレは外でこんなに頑張ってるんだ」とか威張ってる男は、それがいかにくだらないか早く自覚してほしいけど。

――労働市場だけで自分の価値を見積もらないほうがいいと。

手塚 社会的ステータスとか積み上げられたキャリアって、高ければ高いほど立派そうに見えるけど、結局はビジネスの論理で作り上げられたものでしかありませんよね。効率や生産性を考えて回していくのがビジネスのセオリーで、どんなものを扱おうと基本的な枠組みは変わりません。例えば、ホストの介護事業への参加も特別なことをしているんじゃなく、枠組みの中でスキルを横展開しているだけ。これまでの経験を活かす。キャリアってそれでじゅうぶんじゃないですか? 

「高みを目指す」ことを是とするかどうかは、これはもう自分次第です。それが重要だと思えないなら、無理に目指さなくていい。ちなみに僕は、重要だとは全然考えてませんね。

 
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