時代の潮目を迎えた今、自分ごととして考えたい社会現象について小島慶子さんが取り上げます。

岐阜県の長良川で鵜飼を見てきました。漁を終えた鵜たちの姿に、はっと胸打たれるものが。「ああ、私がほしいのはまさにこんな関係。よし、これからの人生は鵜モデルでいこう!」と、新たな希望が湧いてきたのでした。

恋して、結婚して、家族を増やして、末長くお幸せに。彼氏彼女が妻と夫に、そしてママとパパになって、やがてじいじとばあばに……それが定番の幸せと言われていました。でも、もはやおとぎ話。今は生涯独身で過ごす人も、独り身に戻る人もたくさんいるし、夫婦であっても時と共に関係が変わるもの。人とのつながりがどのような形であっても、仕事と暮らしのマルチタスクを抱えながらバタバタ生きる我が身の傍には、やっぱり誰かにいてほしい。でもそれをなんと呼べばいいの? 私たちには、新しい言葉が必要なのです。その答えは、岐阜にありました。

 

そういや鵜飼ってなんだっけという方のためにご説明すると(私も今回初めて詳しく知りました)、鳥が魚をとって喉の袋に溜め、それを人間がいただくという漁法です。1300年もの歴史があります。かつて大陸から渡来した人々によって伝えられたとも。川面を照らす篝火と水に潜る鳥たちの姿は、ニュース映像などでもお馴染みです。岐阜市の長良川では今なお伝統的な漁法が守られていて、6人の鵜匠(鵜を操るマイスター)は代々続く家業であり、かつ宮内庁の式部職鵜匠という国家公務員でもあります。獲れた鮎を皇室に献上しているのだとか。知らなかった……。

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鳥はせっかくとった魚を取り上げられて辛いのではと気がかりでしたが、鵜匠は鵜の体調を見ながら、首に巻く麻紐の塩梅を微妙に調節しているのだそうです。飲み込んだ魚のうち、小魚は胃袋に落ち、大きな魚だけが喉の袋に溜まるように調節するという、まさに匠の技。腹ペコで漁に出た鵜たちは小魚でちょこちょこお腹を満たしながら、仕事終わりにたっぷりお魚がもらえるという段取りです。鳥たちは鵜匠の家で大事にされて暮らすので、野生の3倍ほども長生きするのだそうです。もはや家族ですね