平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。
第36話 母の想い
――ブブブ、ブブブ……。
ベッドで、顔のすぐ横に置いたスマホが振動する。重い瞼を開けて、アラームを止めた。
深夜2時。23時に産院の新生児室で授乳して、おむつを替えて……母子同室の4人部屋に戻ったのは23時50分。眠ったのは2時間弱。
急いで傍らの移動式ベビーベッドを覗き込むと、赤ちゃんは目を閉じている。そっとほっぺたに触れるとあったかい。良かった……ちゃんと生きてる。
ベッドには「梶谷由香ベビー」と書かれたピンクのプレートが付いている。出産して3日目、まだ名前を決めかねていて、赤ちゃんの名前は空欄だった。
――ちっちゃい……。ほんとに私が産んだのかな……信じられない。
私は、縫って引き攣れた傷にできるだけ刺激を与えないように、そうっとベッドから出た。悪露がまだ止まらないから、パッド用の奇妙なショーツをつけていてごわごわが気になる。
初めてのことばかりで、出産してからあたふたしっぱなしだった。
授乳をするために、赤ちゃんのベッドをゴロゴロと歩行補助機のように押しながら、部屋を出た。照明が控え目になった廊下の鏡に映る姿は、まるでゾンビのよう。顔色が良くないし、髪もボサボサを通りこして藁みたいになっている。
ワンピースタイプの授乳パジャマというのをネットで購入してみたが、着丈がちょっと短くて膝頭が寒々しい。
――こういうの、お母さんが生きてたら、全部アドバイスもらえたんだろうな。
授乳室のドアを開けながら、私はふと、そんな意味のないことを考える。母は私が24歳のとき病気で亡くなってしまった。以来、3年前に結婚するまで、天涯孤独。
血を分ける人間は、この世でこの子1人、ということになる。
気さくな隣人
「わあ~赤ちゃん、お鼻が高いね。可愛くなりそう!」
明るい新生児室でおむつを替えていると、隣で同じようにお世話をしているお母さんが話しかけてきた。
「え、ありがとうございます……?」
秋の夜長、怖いシーンを覗いてみましょう…。
▼右にスワイプしてください▼
Comment