平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。

 

第35話 5年だけ一緒

 

「それじゃ、美波、また夕方に迎えにくるからね。先生、よろしくお願いします」

おれが保育園に娘の美波を連れていくと、担任の先生がわざわざ玄関まで出てきて美波を抱き上げてくれた。

まだ3歳の美波。わずか40日前に母親を亡くしたことに、保育園の先生方みんなが心を痛め、寄り添ってくれているのが伝わってくる。

「美波ちゃんおはよう! 武田さん、美波ちゃんをお預かりしますね」

「パパ、ばいばい。早くきてねー」

「美波~! 待っててな、仕事急いで片付けてくるぞ」

ぷにぷにしたほっぺたと丸くて小さい手。仕事を放り出して一緒に遊びたいくらい可愛い。

……しかし、そんな訳にはいかない。

おれはどんなに気落ちしても絶対に仕事を辞めるわけにはいかないし、母親の泉美に代わって美波に美味しいごはんを食べさせてやらねばならない。

なんせ、33歳にして父と母、両方の役割を果たさねばならなくなったのだから。それがあの日、心の中で泉美と交わした約束。

おれは美波に手を振ると、駐車場に停めたバンに乗って仕事に向かった。
 

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秋の夜長、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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