働きざかりの世代にも身近な脳の病気。脳は様々な体の機能をつかさどっているため、病気を機に障害を持つと、日常生活に様々な支障が出ます。障害者と聞くとどこか自分とは縁遠いと感じるかもしれませんが、生きていれば誰でも、病気や事故によって障害者になる可能性はあります。脳損傷による高次脳機能障害を専門にリハビリを行う作業療法士の田中由紀さんは、病気や障害を持った人が生きたい人生を生きられるように、リハビリだけでなく就労支援、障害者雇用もおこなっています。今回は脳の病気によって引き起こされる障害、さらに脳の病気の予防についてお聞きしました。

 

田中由紀
作業療法士としてリハビリを行う一方、障害者雇用担当も行う。専門は脳損傷による高次脳機能障害。北里大学 医療衛生学部 作業療法専攻卒業。2005年より牧田総合病院リハビリテーション部(人事部障害者雇用推進課)所属。高次脳機能障害外来担当。公認心理師・キャリアコンサルタント・企業内職場適応援助者・両立支援コーディネーターの資格を取得し、支援業務に活用している。

 


病気や障害になっても生きたい人生を生きられるように


ーー作業療法士になったきっかけについて教えてください。

田中由紀さん(以下:田中):大学を卒業する頃の話ですが、1990年代だったので新宿の西口の地下にダンボールハウス村というのがあって、そこに路上生活者がたくさんいたんです。いつも学校帰りとかにそこを見ていました。サラリーマンが足元に寝ている人たちにも関心を持たないで通り過ぎていくのを目の当たりにして、なんだろうって気になっていていました。私はたまに遊びに行っていたのですが、ダンボールハウス村の方たちは私におやつをくれたりしました。そこで支援している人に話を聞くと、病気になったり途中で障害を持って路上の暮らしになった人もいるというんです。

また、学生時代から関心があることを取材する仕事をフリーでやっていたのですが、孤独死をテーマに取材していました。東京のアパートで腐乱死体になって見つかった人のことを取材したことがあって、その方の死亡診断書を見ると、「精神疾患」「統合失調症」と書いてありました。80代の方で、口を歪めてミイラになっていて、死体安置所でご遺体を棺に納めるところまで取材しました。生活保護で40年間1人暮らしをしていたそうですが、足を持つと筋肉はしっかりしていたんです。1年半も遺体が誰にも見つけられなかったくらい、人との関わりはなかったけれど、日々しっかり生活をしていた体だなというふうに思いました。病気や障害を持った時に、生活保護という制度で生存を保障されていても、社会との繋がりとか、人生としてどうだったのかというのを考えさせられました。

取材だとひとつのテーマを終えるとその問題と関わりがなくなってしまうので、現場で関わる仕事がしたいと思って、転職を考えたんです。病気や障害を持ったとしても、いい死に顔にするような仕事ができないかなと思う中で、作業療法士という仕事に出会いました。作業療法士の「作業」とは人間の活動全てを指していて、病気や障害で活動がしにくくなった時に、その人が生きたい人生を生きられるように支援をする仕事なんですね。若かった私は、「これだ」と思いました。病気になった時に、生きたい人生に戻すというリハビリをする仕事だったら一生飽きないと思い、元々文系の学部を出ていたのですが、勉強し直して30歳で作業療法士になりました。