実体験から出てくる素敵な言葉じゃないと届かない


——映画『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』の原作は、元「SDN48」のメンバーで作家として活躍する大木亜希子さんが自身の体験に基づいて執筆した小説です。主人公の安希子を演じるのは元「乃木坂46」の深川麻衣さんですが、井浦さんは映画化の企画書を読んでどんな感想を抱きましたか?

井浦 新さん(以下、井浦):深川麻衣さんが演じるべき役を演じるんだな、と。最初はそこに面白さを感じました。実話をベースにした原作の物語も素敵なのですが、そこに深川さん自身の経験や熱量が乗っかったら、僕の想像を超える映画が生まれるような気がして。一人の“おっさん”として安希子と深川さんの大きな挑戦に寄り添えることが光栄でした。

井浦 新「おじさんになったらもっと余裕が出てくると思っていた」人生で詰まないために避けてきたもの_img0

 

——メンタルを病んで会社を辞めることになった安希子は、仕事も恋人もなく、手残り残高は10万円という厳しい現実に直面します。そんな時、友人から“ササポン”と呼ばれる56歳のサラリーマンを紹介され、彼が暮らす一軒家で同居生活を始めることに。ササポンを演じることは、井浦さんにとっても大きな挑戦だったのでは?

井浦:そうですね。僕にとってササポンはこれまで経験したことがないような役柄でした。家の中ではステテコ姿の“おっさん”なのですが、安希子との会話中にさりげなく素敵な言葉を発して、その言葉が彼女の背中を押したり、何かを考えるきっかけを与えたりする。脚本を読めば読むほど妖精や天使のような存在に思えてきて、それを僕がお芝居で人間らしく演じることにやりがいを感じました。

 

——説教臭いわけでもなく、ドヤ顔でもなく、サラッと金言を発するササポンはまさに聖人のようです。そこにミドルエイジ世代が若者と上手く接する際のヒントが隠れている気がしたのですが、実際のお芝居で心がけていたことを教えてください。

井浦:僕自身、人生の先輩方から素敵な言葉をいただいてきた経験があるのですが、やっぱり、どんなに素敵な言葉でも、その人の実体験から出てくるものじゃないと相手には届かないじゃないですか。偉人の名言やネットからコピペしたような言葉を投げかけられても、あんまり説得力は感じないわけで……。だからササポンが発する言葉も、自分自身が悩んだり苦しんだりして悟った経験則だということが伝わるように演じたいと思っていました。ただ、本番中はなるべく演技をしないことを心がけていたと思います。安希子を諭そうとするのではなく、気取らずに、カメラの存在を気にせず世間話のように話をすることでササポンらしさに近づいていけるのではないかと。

——顔を合わせれば会話をするけど、家族でも恋人でも同僚でもない。同居人だけどお互いに依存しない安希子とササポンの関係を見て、井浦さんは何を考えましたか?

井浦:ササポンのセリフにもある通り、本当に「遠い親戚の娘さんを預かっている」ような感覚なんです。お互いに恋愛感情は一切ないし、他人のようだけど、親戚と過ごしているような安心感がある。その居心地の良さは深川さんとお芝居をしながら実際に感じることができました。今回の映画は、ササポンに影響を受けながら成長していく安希子の姿に元気をもらえますし、そこが大きな見どころだと思います。でも、きっとササポンも安希子の存在に勇気付けられているはずなんです。人生のどん底にいるような状況でも、孤独を感じても、きっと周囲には支えてくれている人がいるし、自分の存在が誰かの支えになっていることもある。撮影を通して、そんなことを考えました。