こんにちは、ファッションエディターの昼田祥子です。

 

私のクローゼットにおいて最も影響を受けた人物とは、何度もお話ししていますが、稲垣えみ子さん。服を手放しつづけても、最後の最後まで私の中で捨てられなかった「おしゃれが好きなのだからいろいろ着たい!」という欲望。それが稲垣えみ子さんの『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を読み、未練なくスパッと手放せたのです。服との関係性を大きく転換できたのも稲垣さんのおかげであり、私にとってはずっとその背中を追い続けていたい人でもあります。
新刊『家事か、地獄か 最後まですっくと生き抜く唯一の選択』(マガジンハウス)を読んでいたら、服や暮らし、老後のこと、気になることを自分で直接聞いてみたい!という思いがムクムクと湧いてしまい、企画書という名のラブレターをお送りしてみたところ……! こうしてインタビューが実現しました。

稲垣えみ子さん/1965年生まれ。愛知県生まれ、一橋大学社会部卒。元朝日新聞記者で、2016年に50歳で退職。以来、都内で夫なし、子なし、冷蔵庫なし、ガス契約なしのフリーランス生活を送る。『魂の退社』『もうレシピ本はいらない』(第5回料理レシピ本大賞料理部門エッセイ章受賞)など著書多数。

さっそくテーマはファッションから。服を1000枚も持っていた私と同じように、かつての稲垣さんも服を買うために働いているような「筋金入りの洋服バカ」だったそう。それが収納のないワンルームに引っ越すにあたり、ほぼ全捨てに近い感覚で服を手放すことに。まずは聞いてみたい。服を買いまくっていた時代に一切未練はないのですか? 

稲垣「まさに地獄でしたね。もちろん楽しかったですよ。お金を一番使っていた頃は毎シーズンごとにお店に行って、試着して、じゃあこれとこれにしようかな。はい、20万円みたいな。そんなことを毎シーズンやってて、買って帰る時は楽しいけれど、帰ってからクローゼットにもう入らないじゃん、となった時のイヤな感じ。開きたくないの。その自分が浅ましいっていうのかな、あの頃は地獄だったなと思う」

昼田「大型クローゼットが3つあって、そこにカラーボックスなどものすごい量をお持ちだったんですよね」

 

稲垣「そうそう、一人しかいないし、一生懸命着たって一日に3着着替えるわけじゃないから絶対着れないじゃないですか。案外着る服って限られてきて、着ない余計な服がすごいから箱の一番下で押しつぶされている服はかわいそうだし、絶対戻りたくはないですね」

昼田「わかります。でも、手放すことに不安はなかったんですか」

稲垣「もちろんめちゃくちゃ不安はあって。やっぱり会社員時代って当然のように毎日違う服を着ていたりして、毎シーズン可愛い服を買う自分がアイデンティティってことなんですよね。そのために稼いでいることも誇りだったし、それが全部失われるわけじゃないんですけど、私って何だろう、私の価値ってあるの? みたいな。ただ、部屋に入らないっていうのは決定的じゃないですか。もう捨てざるを得ないわけですよ」

 


新しい服を買いたいと思わない


稲垣「捨て方は段階を踏んでいて、何を捨てて残すのか、とにかく一回着て外に出ると、やっぱり捨てていないけど着ない服って理由があるんですよ。なんかいまいちここが……ってちょっと不快なところがあるんです」

昼田「わかります。私も使いづらい、着づらい、とか小さな不快に気づくことから始まり、そういうものは手放していきました」

稲垣「みんな新しいから、着てないからって捨てられないって言いますけど、新しくて着ないものの方が喜ばれて人にあげやすいんですよ。それもだんだん分かってきて、その追求を経て最後に残った精鋭達でやっていこうと思ったんですね。で実際それでやり始めたんですけど、毎日同じような服着てるし、いいのかこれでって思っていた時もありました。
でも、違う違うってやりながら残った服って、何十年のなかの究極の一着じゃないですか。買う時は分からなかったけど、着るとやっぱりストレスがないわけです。だからそんな服、今どんなおしゃれな店に行っても売ってないんですよ。新しい服を買っても、たぶん今持ってる服には負けるから時間の無駄だよねって。で私、新しい服を買いたくないなって思ったんです。」

昼田「買わないという選択! 私にはまだできそうにないですけどね。私も服を減らして辿り着いた本音が、シャツとパンツでいい、だったんです。でもそれを実行に移せない理由は、ファッションエディターなのにどうなの? と他人の目が気になったり、高い服着てないとダメ、いいブランドの靴を履いていないとダメとか、おしゃれの思い込みがたくさんあって、それを捨てていく方がしんどかったです」

稲垣「それはどう取ったんですか?」

昼田「もう葛藤しながら、自分の本音を採用していこうとちょっとずつ進んだ感じです。服って他人からどう見られてるか、意識が外側に向きやすいアイテムなんだと思います。そうすると他人のための洋服を買っていることに気がついて、自分はどうしたいかっていうのを真剣に考えましたね」

稲垣「そこは確かに大きな転換ですよね」

 
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