子どもの頃、人見知りだった私が唯一ひとりで出かけられる場所は、家の近所の図書館でした。
本が並んだ棚の木目、ソファの布、絵本コーナーのカーペット、ツルツルとした本のカバー、指でなぞるように読んだページの紙。読んだもの一つ一つの詳細は覚えていなくても、あの頃に触れたいくつもの本の手ざわりは、「本ってたのしいものだ」という幸せな思考回路につながっています。膝の上に広げた本の絵を眺め、文字をたどれば、いくらでも知らない世界が広がるようで、それはとても楽しい時間でした。
世界的絵本作家、ブリッタ・テッケントラップによる絵本図鑑『いろんなところに いろんな』シリーズを手に取り、そんな幼少期の記憶を思い出しました。美しい版画で描かれた「どうぶつ」の表紙カバーをめくると、そこには立体感のあるエンボス加工が施されたキリンが、つぶらな瞳で群れをなしています。キリンの視線の先にはレモン色の太陽がのぼり、オレンジの光が放たれた世界を赤々と包む。これは夕方? それとも朝日? 小さな太陽は、背の高いキリンにとってもまだまだ遠い空の上。キリンたちのまだらな斑点模様がキラキラと輝き、思わず指でそっと触れてみたくなります。ザラっとした感触が、この本の記憶の一部に。
著者のブリッタ・テッケントラップは、ドイツのハンブルク生まれの画家です。120以上の著作があり、30カ国以上の言語に翻訳されています。ボローニャ・ラガッツィ賞など、受賞歴も多数。約17年のロンドンでの生活を経て、現在は夫と息子とともにベルリンで暮らしているそうです。
色彩豊かな挿絵は版画によるもので、動物のフォルムを的確に捉えたイラストが、肌の質感を感じさせるタッチで色付けされています。ごつごつとしたサイ、毛がツヤツヤのヒョウ、フサフサの針を持つヤマアラシ。リアルなのにどこかファンタジーさもあり、お話を読んでいるような感覚で楽しめる図鑑シリーズです。
金色で箔押しされた扉を開ければ、どうぶつ達のストーリーのはじまり、はじまり。「どうぶつは、どこでくらしている?」「ほ乳類らしさってなに?」語りかけるような問いかけに、思わずじっくり読みふけってしまいます。
――アジアの熱帯雨林に夜明けがやってきて、朝一番のお日さまが、背の高い木のてっぺんを照らす頃、独特な2つの音が聞こえてくる。歌声と、サラサラとゆれる葉っぱの音だ。
テナガザルが目を覚まして、動き出したぞ!――
見開きに広がる緑の葉っぱ。かわいらしい丸い目をしたサルたちが何匹もこちらを見つめています。「走って、とんで、恋をして」と題されたテナガザルのページです。手には赤い実、赤ちゃんサルを抱きかかえたサルの姿も。
「アジア」の「熱帯雨林」の「夜明け」を知らなくたって、ページを開けばそこは森の中。左右のページにまたがる長い枝には、腕をぶんぶん振りながら高速スピードで移動するテナガザルの動きが一コマ一コマ描かれ、説明されています。もしかしたらサルの親子も、こんな風に動きを教わっているのかな。
科学雑誌『Newton』などサイエンスライターとして活動する翻訳者の訳は、ちいさな読者への信頼に満ちています。もしかしたら聞いたことのない言葉が、この本にはたくさんあるかもしれません。けれど絵本の中で出会う初めての単語は、パレットに色を落とすような新鮮なよろこびとともに、意味を持って心の中に広がっていくことでしょう。
ところでこの絵本図鑑は、どこかに小さなハツカネズミが1匹隠れているんですって。人間の生活のすぐ近くで暮らす小さなネズミが、絵本の中でもひっそり隠れているなんて。膝の上に広げた絵本の小宇宙に驚きながら、私はページを行ったり来たりするばかり。
――リュックサックを準備して、どうぶつをみつけに行こう。サバンナでライオンのむれを追いかけて、北極の雪にかくれているホッキョクグマを探そう。テナガザルの家族といっしょに、木の上を飛びまわろう。どうぶつの世界は色鮮やかで驚きがいっぱいだ。すばらしきどうぶつの世界へようこそ。――
この美しい絵本図鑑の手ざわりを味わえる幸せを、この冬の贈りものにしたいと思います。
『いろんなところに いろんな どうぶつ』著者:ブリッタ・テッケントラップ 訳:小野寺 佑紀 講談社 2750円(税込)
30ヵ国以上の国で親しまれている絵本作家による、美しい版画で描かれた図鑑絵本『いろんなところに いろんな』シリーズ。2021年に講談社から発売され好評を得た「さかな」編、「むし」編につづき、待望の「どうぶつ」編、「とり」編、「かめ わに とかげ」編が11月に3冊同時刊行。
感性を刺激する美しいアート絵本としても、いきものの特徴や生態系を学ぶ科学絵本としても、読み応えのある充実した内容。お子さん向けギフトにもぴったりです。
構成/小黒悠
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