突然の別れ


ここ最近の夏は北海道でさえもひどい暑さで、エアコンがない我が家では寝苦しい夜が続いていた。「今年こそエアコンを買おう」と春先に夫の翔と話していたくらい。

でも彼はその直後に病気で入院することになり、何かとお金がかかってそれどころじゃなくなってしまう。

葬儀屋さんで働くことになったシングルマザー。「彼女、葬儀場に行けないのよ、なぜならね...」耳にした戦慄の理由とは?_img0
 

まだ2歳の実花は可愛い盛りで、病気が重いことを知った彼は娘を心配して時々泣いていた。翔は高校のひとつ後輩で、私がマネージャー、彼が野球部のエースピッチャー。当時は試合に勝っても負けても涙を見せないタイプだったけれど、去年の夏は2人で途方に暮れて、何度も泣いた。

野球の試合に勝っても負けても、明日はくる。でも私たち家族には、明日さえ来ないかもしれなかった。それを受け入れるのは簡単じゃない。ひどい夫婦喧嘩もしたし、お見舞いに行くつもりで家を出たのに足がすくんで病室に入れなくて、差し入れだけで帰ったこともある。

受け入れられないまま、なかば呆然としたまま、去年の秋、翔は私と実花を残してひっそりとこの世を去った。

北海道の、さほど大きくない町だ。生活費はそれほどかかるわけでもないが、翔が工場で正社員として働いてくれているからこそ、私が専業主婦として子育てができていた。車は必須の場所だったけれど社宅アパートのおかげで家賃も格安。

しかしこれからは、私が実花を何としても育てながら暮らしていかなくてはならない。

そこで少しでも住宅補助がある職場、できれば夜は帰れるところ、などを条件に仕事を探し、この町はずれの葬儀屋さんにたどり着いた。その代わり土日祝日もランダムにシフトが入るが、日勤だし、何より事務職はとても貴重だ。

慣れてきたらすぐに夜もバイトを掛け持ちしようと考えていたから、日中だけでも座って仕事ができるのはありがたい。

数少ない友達に話したら「葬儀屋さん!?」とちょっと驚かれたけど、仕事は普通の会社とそう変わらない。むしろ故人を弔うということで良識のある穏やかな雰囲気で、面接のときから採用されたらここで働こうと決めていた。去年、あまりにも翔のお葬式があっという間に終わってしまい、いろいろと心残りがあったことも幾分関係しているかもしれない。

とにかく色々な要素が合わさって、私はこの葬儀屋さんでアルバイトをすることになった。

――頑張ってはやく仕事を覚えなくちゃ。保育園のお迎えがあるから、しばらくは定時に帰れるように、仕事の段取り頑張ろう。

午前中に一通りの仕事の説明を、涼森さんと浅井さんから受けた私は、緊張しながらもどうにか全部メモして少しばかりホッとした。うん、事前にきいていた通りの仕事だ。それだけでもありがたい。

「辻さん、お疲れ様。お弁当持って来てる? もし今日はないなら、隣の定食屋さんでどう? 女子3人でささやかな歓迎会」

お昼の時間になると、浅井さんがにこにこしながら誘ってくれた。

「はい! ありがとうございます」

本当はおにぎりをふたつ持って来ていたけれど、これは冷蔵庫にいれて夕飯にしよう。初日くらいは外食しても許されるはず。

私は誘われたことが嬉しくて、二つ返事で席を立った。

 

奇妙な告白

「へえ、朝日町なの! じゃあ車で20分くらい? 凍結に気を付けないとね。お店の前の国道、日陰でよく滑るのよ~」

浅井さんと涼森さんが連れてきてくれた定食屋さんは、こじんまりとしていて掃除がいきとどいた、どこか懐かしい味のお店だった。浅井さんがコロコロとよく笑いながら職場の様子を教えてくれて、涼森さんは相変わらずさして笑顔もないままに淡々とご飯を食べている。

でも、浅井さんもそんな涼森さんの様子には慣れっこみたいで、特に私に対して不機嫌なわけじゃなさそうなので内心ほっとしていた。それに店員さんを呼ぶときの涼森さんは丁寧で、きっと悪いひとじゃない。

「んも~、涼森さんたら、食べてばっかりでちっともおしゃべりしないんだから。辻さん、このひとねえ、今は事務だけど、昔は私と同じように営業やってたのよ。農協なんか行ってね、するーっと契約とってくる、案外凄腕だったんだけど。ひとつ困ったことがあってねえ、内勤にうつったの」

「困ったこと?」

私が思わずご本人を前に尋ねてしまい、しまったと涼森さんの顔を見るが、彼女は意に介さずお味噌汁をすすっている。

「幽霊がねえ、見えちゃうのよ!」