無戸籍であるによって引き起こされる負の連鎖
ある日、市子の家の前で別れた同級生・北(森永悠希)は、なつみの愛人・小泉(渡辺大知)が家の前で市子の腕を掴み、引きずり込んでいくところを目撃します。北が部屋の様子を伺うと、小泉が市子に覆いかぶさり、市子が泣き叫びながら抵抗。小泉が、「月子の死の真相はいずれバレる」と市子を脅し、口論になった末、市子は小泉を刺してしまうのです。
「普通に生きていきたいだけや」
そう言って、希望を持って生きようとする市子。しかし、隠し事を守るために罪を犯し、それを隠すために、また罪を重ねる。生まれながらに突きつけられた「無戸籍」という運命、それに端を発する負の連鎖。それらは市子の人生に付き纏い、何度も現実に引き戻し、また闇の世界へと引きずっていきます。
こんなシーンがあります。市子が北と外を歩いている時、突然の激しい雨に見舞われます。北はとっさに木の下に逃げますが、市子はその場に留まり、雨に打たれ、ずぶぬれになりながら叫ぶのです。
「最高や! 」
「全部流れてしまえ!」
こんな現実、全てなくなってしまえ。ただ、普通に生きられる人生が欲しい。そんな市子の心の叫びが聞こえてくるようでした。
無戸籍の人は現実に存在する
市子の境遇は実に壮絶で、フィクションの映画の主人公の設定として印象的なものなのかもしれません。しかし、市子と同じ「無戸籍の人」の人生に迫ったノンフィクション『無戸籍の日本人』(井戸まさえ著 集英社文庫)を読むと、無戸籍の当事者たち、ひとりひとりの人生が、今まで見てきたどの映画の主人公よりも複雑で入り組んだバックグラウンドなのです。
そこには、運命に翻弄される数奇な人生が書き綴られています。ある青年は、母親だと思っていた女性から、「自分は養母だ」と告げられました。本当の母親が誰かを知る前に、養母と名乗った女性が死去。さらに、自分が無戸籍であることも発覚。彼は「自分は何者なのか? 」という問いを抱えることになります。彼の言葉で印象的なものがあります。
「僕にとってはミステリー以上です。最後に種明かしがないから……」(p41)
彼の人生の答え合わせはフィクションのようにはやってきません。
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