一汁一菜でいいから料理して食べる暮らしから、家庭の秩序が生まれる。自分で作って食べることで、生きていく自信が生まれます。
土井:日常の一汁一菜って、全てが発酵食品でできているのです。フランスだって、チーズ、パン、ハムやソーセージ、ワインも全部発酵食品です。そこに自ら作る野菜スープがあれば、それでOK。自然に生まれた発酵食品は天然自然のおいしさです。人工的に味をつけたおいしさとは違います。人間が作ったものは好みもあるし、万人を喜ばすことはできません。でも発酵食品など自然のおいしさは、万人を喜ばせるものなんですね。人工的なもの、スパイスや味付けの刺激で、そうなるとエスカレートして、身体に悪いものもできてくるでしょう。一汁一菜のおいしさは、身体が安心するおいしさです。レストランの楽しみは、たまにだからいいんじゃないでしょうか。
土井さんの著書『一汁一菜でよいという提案』は発行部数30万部を超えるベストセラーになり、近年は料理初心者の若者や子どもにも料理の楽しさや大切さを説く活動にも力を入れています。
土井:お母さんは自分の子供は自分の手料理で育てたいって思うんですね。それができれば、安心だし、自分に自信を持てると思います。進学や就職を機に一人暮らしを始めたばかりの人も、一汁一菜で自炊する。仕事や勉強で疲れて帰ったとき、さっと味噌汁を作って整える。食べてさっと片付ける。生活と精神が一つになって気持ちが重なります。ちゃんと一汁一菜をお膳に綺麗に整えー手前にきちんと座ることで、気持ちがリセットできるんです。そこに秩序が生まれている。季節の野菜に触れて料理することは、無限の経験で、知らず知らずに感性も磨かれます。気持ちが豊かな人間らしさを保つことができるということですね。
今はハイスピードで社会が変容している時代。何が起きても対応できる柔軟な思考を培い、それを子どもたちにも教えるためには、家庭料理の練習は最適な入り口のひとつかもしれません。
土井:料理は毎回条件が変わるので、同じ食材を使って同じように作っても、同じ味になるとは限りません。いつも“答え”が違うからこそ、新しい発見がある。それを楽しめるようになれば、人間関係など他のことでも嫌なことが少なくなるかもしれませんね。料理動画を撮影する際は、食材のチョイスも、茹で加減も、なるべく自分で判断することの大切さを伝えています。自信を持って判断することです。誰だって経験がないと判断できないでしょう。だから経験をするしかないのです。料理して食べる家族の中で自分で気づくこと。毎日のなんでもない料理が、判断する練習になるのです。子どもたちは、これからどれほどの選択をしないといけないか。それは最近よく言われる非認知力を育てます。未来の自分の決断が信じられるように、どうぞお料理してください。
ニコニコした笑顔や親しみやすい口調は変わらないけれど、現代的にアップデートされた料理哲学で人々を笑顔に導く。やっぱり革命家のエプロンが似合う人でした。
■インフォメーション
『映画 情熱大陸 土井善晴』(東京・大阪・京都限定上映)
2022年に放送されたテレビ『情熱大陸』を再構成して映画化。料理する全ての人を応援して、生き辛さを抱える時代に新たな暮らしの哲学を模索する料理研究家・土井善晴の情熱を見つめる。「第4回 TBSドキュメンタリー映画祭2024」上映作品。3月15日(金)より全国6都市にて順次開催。
出演:土井善晴
監督:沖 倫太朗
撮影/村田克己
取材・文/浅原聡
構成/坂口彩
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