男性も読んでほしい、じゃなくて、男性も読むべき。


甘糟さんが、『私、産まなくてもいいですか』という新作のタイトルを発表した時、周囲から、「絶対読みます!」「私も子どもを欲しくないって思っていました」という声が挙がったといいます。

「そういう声が意外に多かったですね。出産に興味がないってやっぱり言いづらいし、言っても強がりじゃないかと思われたりもしますし……。そこに理由がある人もいれば、ない人もいるはず。それなのに、結婚している人が「子供は要らないんです」っていうと、正直なところ、つい『なんで?』って聞きたくなっちゃいますよね。そうでない世の中にならないと」

女性の「産む、産まない」をテーマに小説を執筆して10年。甘糟りり子さんが考える、家族や女性の思いとは?_img0
築270年の合掌造りの建物を移築。天井が高く、広々とした空間。

甘糟さん自身、子どもを産まないまま、今に至っています。

「私は産みたいと思ったことも、産みたくないと思ったこともありません。このシリーズを書くまで、真剣に考えたことがなかったというのが正しいかな。仕事が忙しかったし、楽しいことも多かったので。そんな私でも、時々産まなかったことを、世の中に対して『申し訳ございません』という気持ちになることはあります。それを自分で茶化したり、自虐的なことを言って誤魔化したりしたこともあって。でも、もうそういうことはやめたほうがいいと思ってます。セクハラもそうですけれど、誰か一人がそうやって受け流すことで、世の中の価値観の進化が止まってしまうでしょう」
 

 


本作には、「拡張家族」というタイトルの短編が収録されています。これは、夫が「離婚したい」と家を出ていったことをきっかけに、主人公の女性が実家である鎌倉の古民家に戻り、そこで息子、義母、友人カップルといった、血縁にとらわれない人たちが一緒に生活を始める、という物語です。甘糟さんが「拡張家族」という単語を初めて知ったのは、雑誌『GQ JAPAN』の記事で、そこには、血の繋がりのない人たちがお互いを「家族」という認識で生活をしている様子が記されていました。

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本作の各章トビラにはモノクロ写真が掲載されている。この写真は「拡張家族」のもの。いずれも甘糟さんがライカM11で撮影(写真:甘糟りり子さん)

「生活を共にするのが家族であり、その箱が家だと思うんですね。私の友人でも、別れたパートナーの母親と同居して家事を任せている人や、大きな家で何人かの友達と生活を共にしている人がいます。ゲイのカップルに子供の世話を頼んで出張に行ったりとか……。生活には人手が要りますからね。自分の子どもを友人たちと一緒に育てるのもありなんじゃないかと思います」

一連のシリーズを執筆するにあたって、多方面で取材し、当事者の声に耳を傾けてきたといいます。

「妊娠出産というテーマに沿って世の中を見ることによって、それに関することだけじゃなく、いろいろな価値観のアップデートができたと思います」

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縁側でくつろぐ甘糟さん。

作品を発表するたびに、書き切れなかったことが気になり、そして、新しい生殖技術、価値観の変化に触れることで、次回作への執筆へとつながっていきました。3作目を発表した今もまた、同じ心境にあるといいます。

「卵子凍結をしたことはよく耳にするようになったけれど、実際に凍結した卵子で出産した話はまだ聞いたことがないんですよね。次はその女性を描きたいです。他にも、まだまだ書けていないケースがあるので、早くプロットを作りたいですね」

妊娠、出産の当事者は女性であり、実際に女性の読者から大きな共感を集めてきたシリーズですが、2作目を発表した頃から、男性もまた当事者であるという思いが強まっていきました。

「今までは遠慮がちに、男性にも読んでほしいですと言ってましたけれど、今は、男性こそ読むべきと発信していきたい。男性も当事者なんですから。今回、男性を主人公にした物語も書くべきだったと反省してるので、これも次に生かしたいです」