舞台から、お客さんの素の顔を見た瞬間。
右近さんは、昨年11月の「吉例顔見世大歌舞伎」(歌舞伎座)の夜の部で、同年代の坂東巳之助さんと「三社祭」という演目に出演しました。これは、2人の漁師による舞踊で、力強い踊りが特徴です。
「この演目に出演する前に、テレビ番組のロケで3つのお店を回ったことがあります。全部完食して、カレーを消費するために『三社祭』を踊りましたね」
物語の途中で“悪玉”と“善玉”が取りつく様子を表現する場面があります。右近さんは「善」と書かれたお面をかぶるのですが、その時、ある発見をしたそう。
「あのお面をつけていてもちゃんと視野は確保されていて、ちゃんと見えているんです。舞台で演じている時、お客様は優しい表情で見てくださっていたのですが、お面を被ったとたんに、あるお客さんのお顔が厳しくなって驚きました。たぶんこちらから見えていると思わないから、素の状態になったんだと。実はお客さんもお面を被っていて、こちらがお面をしたら向こうのお面が外れたんだと思うんです。舞台から、お客様が僕たちをどう見ているかはよく見えているので、そのつもりでいてください(笑)」
清元節宗家の家に生まれ、女形でも定評がある右近さんですが、舞踊も高く評価されています。右近さん自身、舞踊の自由度の高さに惹かれています。
「歌舞伎は、歌(うた)、舞(まい)、伎(わざ)と書いていますが、音楽劇の要素もあると思うんです。音楽があって、そのリズムに乗ってセリフを言い、お芝居をする。音を聴いてムードを作っていく。清元出身で音に敏感なのは、ご先祖さまと環境に感謝だなと思っています。一方、舞踊もリズムを取って踊るのだけど、その時の空気感や自分のマインドなど、その時々に揺れ動いている状況の中で、自分は今一番こうだ! というものを自分で選択して表現できる部分が多いような気がするんです。言葉で表現できることには限界があって、体で表現することで言葉を越えていく。子どもの頃から踊りが好きなのは、言葉では表現できない部分を託せるからなのかもしれません」
今年1月に上演された「壽 初春大歌舞伎」昼の部の「狐狸狐狸ばなし」で、酒飲みで怠け者のうえ、夫がいるのになまぐさ坊主と深い仲という女房おきわを演じました。三味線を弾く場面があり、清元として三味線に触れたことはあったものの、「ずっと逃げてきた」という右近さんは猛特訓に励みました。
「12月は新橋演舞場で新作歌舞伎『流白浪燦星(ルパン三世)』に出演していましたが、昼と夜の公演の間に、誰にも聞かれたくないから別室にこもって猛練習していました。『こんぴらふねふね』という曲で、稽古の時に、自分でも弾ける風を装って、『ゆっくりからだんだん早くにします?』なんて言ってたら、『別の曲にしてみようか?』と言われたので、無理無理! と思いながら『やっぱりここは、こんぴらふねふねが合ってますよ!』と押し切りました。危なかった。でも、いい機会だったので、これからもうちょっと三味線をお稽古しようと思いました」
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