平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。


前回のあらすじ神田冴子は娘を頑張って中学受験させ、私立に進学させたシングルマザー。高卒でプログラマーとして20年の経験があり、コツコツと働いて生計を立ててきた。人生で足りなかったものを頑張り屋の娘に与えたいと必死だが、進学した私立中学の世界は想像以上に色々な意味で水準が高い。「ほぼ全員参加の夏季語学研修で120万円」。焦りが募る冴子だったが……?

前回記事「【シングルマザーの中学受験】手取り36万円で中学受験は可能?やりくりに必死な母に、私立学校から戦慄の通知」>>
 


第65話 母の祈りと娘の世界【後編】

 

「おばさま、今日はお世話になります! これは母からです。新幹線のなかで召し上がってください」

土曜の東京駅は、楽しそうな旅客がいきかっている。改札口で待ち合わせした流花の仲良し、絹香ちゃんはその名のとおり、さらさら、つやつやの髪の毛をなびかせてほほ笑んだ。とても中学2年生とは思えない、洗練された仕草と言葉遣い。

「とんでもない、流花も絹香ちゃんと一緒に軽井沢に行けて本当に嬉しそう。ありがとうね。え、これお母さまから? そんな、いいのに」

私は困惑しながら絹香ちゃんが差し出したずっしりと重い包みを受け取る。有名なホテルのロゴがついていて、中にはランチボックスが3つと、高級ショコラが入っていた。3人分あるから、これは結構ないただきものだ。

「父も母も、学会と裁判準備があって今日は私を軽井沢に送っていけなくて。おばさまが連れていってくださって本当に助かりましたって。お迎えは明後日、母が来ますから、流花とうちの車で帰ってきます」

きゃっきゃと新幹線のホームに向かう流花と絹香ちゃん。「新幹線で飲むスタバのフラペチーノ買ってくる!」と絹香ちゃんがお店に駆け込み、流花も続く。慌てて後を追った。子どもに支払わせるわけにはいかない。私は自販機でお茶を買おう……。

それにしても子どもが嬉しそうに友達と笑っているのを見るほど、心が穏やかになることはない。ましてや流花は、初めてのお友達の別荘お呼ばれに、昨日から大興奮。

軽井沢に現地集合、土日と学校の創立記念日を活かして2泊3日、女子6人の遠征。なんて楽しそうな企画だろう。私の人生には一回も起きたことがないイベントだ。皆さんは車で親御さんが送ると言っていたが、車がない我が家は新幹線で行くことにした。絹香ちゃんのお宅は送迎できない事情があるというので、一緒に行こうと誘ったが……一瞬でも、ほかにも車がないおうちがあるのかとほっとしたのが情けない。

彼女のご両親は双方東大法学部卒で、研究者と弁護士のご夫妻なのだと昨夜、流花のおしゃべりで発覚した。

高偏差値の中高一貫校にはお金があるがあるなしとはまた違う、格差がある。

私はとほほ、と小さくつぶやいてみる。茶化さないと、高卒シングルマザーの私立中学生活はやってられない。