爆弾発言
「ただいま~」
「流花? あれ? 今日、午後は語学研修の説明会じゃなかった?」
家計簿アプリ入力の手を止めて、私は帰宅した流花に声をかけた。
流花が軽井沢から帰ってきた翌日。私は客先から直帰になり、珍しく16時に家にいた。今日は授業の後、夏の留学説明会が16時半まであると書いてあったので、帰宅は18時近くになると思っていたのに。
「ああ、あれね。うんうん」
流花はよくわからない返事をしながら制服を着替えてくるー、と部屋に入っていく。小さな2LDKのマンションで、流花の部屋は6畳だけれど工夫して可愛らしく整えている。そのまま出てこないかな? と思ったが、すぐに飛び出してきて、お腹空いた~と冷蔵庫を開けた。
まだまだ小学生みたいに可愛い。私は勢いよく立ち上がって、キッチンに立った。
「ママがこんな時間におうちにいるなんてめったにないから、ホットケーキでも焼いちゃう?」
「え! やった! 食べる食べる! 軽井沢でも、カフェでパンケーキがすっごくおいしそうだったの」
「そうなんだ、食べなかったの?」
「だってさ、パンケーキなのに2400円だよ!? 大丈夫、ココアのんだし」
私はフライパンを持つ手にぎゅっと力を込めた。
「……じゃあ、もっとおいしいやつ、うちで焼こうね。はちみつかけて、フローズンマンゴーがあったからトッピングしちゃう?」
私がもっともっと、いい母親だったら。
離婚なんかしないで、夫婦で流花をいつくしんで育てることができたら。
もっと学があれば。もっといい仕事について稼いでいれば。
母ひとりでも、流花にいい環境を与えてやることができるのに。流花に何も心配させず、何不自由なく、楽しい人生をプレゼントできるのに。
諦めてしまうには、その夢は切実で、私ががむしゃらに頑張れば手が届きそうにも思えた。
パンケーキがじゅッと音を立てる。裏が焦げついているのかもしれない。慌ててひっくり返したそのとき、流花が何でもなさそうに驚きの一言を発した。
「ママ、私、夏の語学研修はいかないよ」
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