「年上の頼りがいある夫」という幻想が崩れた日
悟志さんの浮気が発覚したのは、彼が44歳、私が35歳のとき。娘が10歳になり、ようやくバタバタした毎日が落ち着いてきた頃だった。それまで夫婦仲は万全、結婚してよかったと思っていた私にとって、それは晴天の霹靂。
のちに判明したことには、土日に通っていたジムで知り合い、いわゆるダブル不倫。もう何から何まで幻滅する浮気だ。いや、浮気に高潔も幻滅もないけれど。
家の避妊具の減りがはやいことに気づき、携帯をチェックしてあっさり発覚。まったく脇が甘いとしか言いようがない。私は不倫関係が半年以上に及んでいることをつきとめたうえで、もう離婚しようと決意、沙織の知人の離婚問題を扱う弁護士に相談に行った。
慰謝料は大したことはなさそうだけれど、貯金は結構あったから、財産分与で多少のお金を手に入れて人生をやり直そうかと本気で悩んだ。でも娘がいたし、というか、娘のために、結局は思いとどまった。いなかったら、絶対に離婚していたと思う。
それまでいいかっこしいで、リーダーシップを発揮していた夫が、突然ただのおじさんで、おまけにしょうもない不倫をする器の小さな男に見えた。夢から覚めた気分。9歳年上の頼れる敏腕元上司の夫は、薄汚いおじさんに変貌した。私のなかで。
楽しい3人ランチはあっという間に終わり、私は重い足取りで帰路につく。
近所のスーパーによって、夕飯に何を作ろうかと考えるけれど、お腹もいっぱいで何も思い浮かばない。悟志さんがいなければ、夜なんてサラダだけで充分。それなのに彼は3食きちんと食べなければ気が済まないタイプだった。お腹が空いているとかいないとか、体調によってフレキシブルに食事を変えようという考えがないのだ。そして用意するのはいつだって私。
――しょうがないか、彼ももう60歳だし。
あらためて、晶子がうらやましい。さっきスマホで見た家族写真は、まったく世代の違うファミリーという感じ。それにひきかえ、私と悟志さんは、いくら私が美容をがんばっても、初老の夫婦とう言葉以外思い浮かばない。
こんなふうに考えて、ひどい妻だってわかっている。自分だって十分、おばさんだし。
それでも、毎日のイライラの根底にあるのは、15年前の裏切りの記憶と失望なのだと思う。
私が子育てとパートに追われている間、ほかの女の前で恰好つけて、気をひいて、ドラマ気分で恋をして。おまけに問い詰めたら開き直った。口では別れると言ったけれど、そのあともしばらく、あっちの女に愛想をつかされるまで関係は続いた。
こんな裏切りがあるだろうか。彼は結婚という契約も、私との信頼関係も、そして私がたったひとりの相手と思い、捧げた愛情も、裏切ったのだ。いともあっさりと。
それなのに、まだあんなに偉そうに私に指図して。
今夜はシチューでいいや。昨日がカレーで、今日の昼もカレーだけどね。
小さすぎる仕返しに、精一杯の悪意を込めて、私は食材を乱暴にかごに放り込んでいく。
※記事内容を一部修正しました。
次回予告
【後編】モヤモヤする妻が気づいた、ある変化。それが原因で事態は思わぬ方向へ!?
イラスト/Semo
編集/山本理沙
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