こんにちは、エディターの昼田です。
今日は本にも登場している父のことを書いてみようと思います。
父はものすごくアクティブな人で、退職後は地域のボランティア活動に忙しい毎日を送っていました。町内会の役員や登下校の見守り隊、保育園の役員に、ゴミステーションの管理係……全部で7〜8くらい? 家族も把握しきれないくらいあれやこれやをお引き受けしてるよう。ボケ防止という意味では家族としてはありがたいんだけど、それにしても忙しすぎじゃない? 暇があれば家の畑仕事もこなし、まるで止まらないマグロ。よっぽど前世で幽閉でもされてたんじゃないかと思うわけですよ。
そんな父の病気が発覚したのは2022年春のことでした。病名は「骨髄異形性症候群」といい、赤血球や白血球などの血液細胞をつくる元となる造血幹細胞に異常が起き、正常な血液細胞がつくられなくなる病気です。輸血と抗がん剤治療のための通院が始まっていました。
ところが病気になっても変わらずボランティアに精を出す父。私だったら潔く療養に入って何もかもやらないと思うけれど、父は何一つ変わってない。体を労うどころか、引き受けている仕事に穴をあけまいと必死。
「なぁお父さん、もうボランティアの仕事やめれば?」
軽く伝えてみたけれど、まぁ言ったってどうせ無駄だろうな。優しいけれど融通がきかない父の性格を考えると無理だろうと思ったけれど、そのとおりでした。
それから実家の片づけが予期せず始まったのが2023年の夏(詳しくは本に書いたとおりです)。最初はゴミをまとめるほどの体力があった父ですが、次第に食欲が減退し、体重が落ち始めていました。輸血のために病院に行けば半日以上とられ、それが週に1回から2回、3回……。断捨離どころかまともに時間がとれずやらなければいけない仕事はたまる一方。それを睡眠時間を削ってなんとかこなそうとする父。見ている私たち家族も辛かった。
「お父さん、もうできないっていいなよ」
何度言っただろう。それでも何一つ手放そうとしない父に苛立った。
11月に入ると父の状態はみるみるうちに悪化していき、輸血なしには生きていけない状況になっていました。感染症のせいで熱を出し、それでも通学路の見守り隊として出かけていく父と、心配してついていく母。ボランティアしている人を見守る人?
「なぁ、なにやっとる? お父さん、いい加減にして!」
いよいよ見ていられなくなった私たちは、声を張り上げるようになっていました。
「とっとと全部の仕事を辞めぇや!」と私が言えば、「ボランティアって元気な人がするもんよ! お父さんみたいに死にかけている人間がやることじゃないじゃろ!」と姉。
ごもっともすぎる。
持っていることが、家族を苦しめている。
なぜこの人は、こんな状況になっても手放せないのだろうか。
「もう僕はガンで死が差し迫っているのでこれ以上は無理です」って言ってしまえば、誰も引き止めたり、怒ったりはしないだろうに。死に際まで頑張ることが男の美学とでも思っているのだろうか?
父は数年前、長年のボランティア活動が評価され、個人として市から表彰されていました。なまじ賞なんかもらったもんだから、その名誉に恥じない人間でいたいとでも思っているのだろうか。
やらなければいけないことはたくさんあるのに、体がついていかず、責任感があるが故に、やれていない自分に絶望しながら死んでいく。
持っていることが、自分をも苦しめている。
ふと思った。
父はもはや「手放し方」がわからないのだ。
60才まで手放せなかった人が、いきなり80才になってあっさり綺麗に手放せるようになったりしないのだ。捨てられない人はいつまで経っても捨てられない人なのだ。
だとしたら私は、もっともっと手放せる人間になりたい。
服やモノだけじゃない。名誉も賞賛もあらゆるものを。自分を苦しめることになる「こうしなければいけない」とか、「こうあるべき」という思考も。そして信念すらも手放せる私になろうと、固く誓った。
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『1000枚の服を捨てたら、人生がすごい勢いで動き出した話』
著・昼田祥子
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クローゼットに収納術はいりません。
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ただ、自分の心地よさに従うこと。
本来の自分を生きるという覚悟を決めること。
捨てられずに人生を詰まらせているものに向き合い、手放していけたとき、人生はすごい速さで自分でも思いがけない方向に進んでいきます。
1000枚の服を溜め込んだファッション雑誌編集者の人生を変えた「服捨て」体験と、誰でもできるその方法を伝えます。
着用・文/昼田祥子
構成/出原杏子
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