世間体に囚われた母の干渉が、夫婦生活をおかしくする!?
こんな話も聞きました。ある女性の結婚が決まり、結婚後の家計費のルールを二人で話し合った際、男性が「給与は自分が管理し、必要な家計費を手渡す」と告げたところ、女性の母が後日自宅に現れ、涙ながらに「後生だから給与は全て娘に手渡し、小遣い制にしてほしい」と男性に訴えたといいます。彼は、将来の義理の母親に逆らえず、小遣い生活になったと嘆いていました。
彼女の母親世代にとってはそれが結婚のカタチであり、「男女分業型結婚としての愛情表現」そのものだったからです。給与をすべて妻に手渡さないのは愛情がない証拠、要するに妻としての立つ瀬がない、世間体において「娘が可哀想」という考え方のようです。
この話を聞いてまず思うのは、「世間体(正解)に囚われる日本人」の姿、そして何歳になっても「子のため」「子への愛情」を優先し、子(とその配偶者)の人生に介入してくる「母親の愛情」についてです。常識で考えれば、還暦に近づく親が子の家庭の家計管理にまで口を出してくるというのはかなり異様な光景なのですが、「世間体」「娘が可哀想」と言われると、多くの人は反対できなくなってしまいます。
「離婚」も「未婚」も根本的要因は同じ!?必要以上に深入りする親子愛
「母子同居」の概念は、日本的な「性別役割分業型家族の愛情観」と「パラサイト・シングル社会」が行き着いた先の変型バージョンです。自身の結婚生活を通じて夫婦での愛情・対話を重ねてこなかった夫婦は、定年退職後も改めて夫婦の時間を持つより、子への干渉を維持しようとします。
一方で、幼少期から大学卒業後まで一貫して過大な投資と関心を得てきた子の世代も、結婚後、本来なら「個人」として自立すべき時期に至っても、精神的に親に寄生(パラサイト)し続ける。互いの人生に必要以上に深入りする親子愛は、結局「未婚」も「離婚」も根本は同じ問題を抱え、「自立しない個人」「依存し続ける親子」という構図を生み出しています。
ここでは「母と娘」を例に挙げましたが、夫すなわち男性側も同様です。要するに「個人化の時代」とは、当事者夫婦以外にも、「親の選択」が新世帯に大きな影響を与え続けるということです。夫婦の意思決定に、妻・夫・それぞれの両親という複数人の意思と選択肢が錯綜し、「正解」を悩み続けるのが「個人化の時代」の特徴なのです。
日本全体で「結婚」の正解とロールモデルが消滅した結果、求めるべきは新しい結婚のカタチ、すなわち社会に根差した家族の在り方です。それにもかかわらず、旧世代の価値観が子に影響を及ぼし続けてきたこと、個人の自立や子育ての労力(経済的負担)の多くを「社会」ではなく、それぞれの「家族」に負わせてきたことの弊害が、「離婚」数の増加、「家庭内離婚」「家庭内別居」の増加につながっているという側面は、決して無視できないと思っています。
●著者プロフィール
山田昌弘(やまだ まさひろ) さん
1957年、東京生まれ。1981年、東京大学文学部卒。1986年、東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。現在、中央大学文学部教授。専門は家族社会学。主な著書に、『パラサイト・シングルの時代』『希望格差社会─「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』(共に筑摩書房)、『少子社会日本─もうひとつの格差のゆくえ』(岩波書店)、『家族難民─中流と下流─二極化する日本人の老後』『底辺への競争─格差放置社会ニッポンの末路』『結婚不要社会』『新型格差社会』(すべて朝日新聞出版)、『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?─結婚・出産が回避される本当の原因』(光文社)など多数。
『パラサイト難婚社会』
著者:山田昌弘 朝日新書 990円(税込)
「パラサイト・シングル」「格差社会」「婚活」という言葉を世に浸透させたことでも知られる社会学者の山田昌弘さんが、さまざまな社会問題と絡めつつ「難婚」の正体と課題を深く考察します。現代の結婚観が根付いた歴史的背景にも言及するなど、日本の結婚制度をあらゆる角度からひも解いているのが魅力で、そうやって俯瞰的に捉えることで、結婚への疑問や違和感が解消されるかもしれません。
写真:Shutterstock
構成/さくま健太
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