老後を牢獄に感じる
「ねえ、悟志さん、どうしてこんなもの入れたの? こんなことしなくたって、携帯はいつだってつながるし、なんだか監視されてるみたいでいやだわ」
家に帰るなり、テレビの前に置物のように座っている夫をなじった。私が家を出てから3時間も経っているのに、その間ずっとNETFLIXを見ていたようだ。朝見た時よりも話数が進んでいる。こんなふうに、すべてを把握してしまうと、夫に対して幻想を持ちようがなかった。
「ああ、それは会社の記念品でな、ふたつもらったから、ひとつはお前がいつもしょってるリュックに入れたんだ。あとひとつは俺が持ったから、お前もスマホでいつでも確認―――」
「やめてよ! 黙ってそんなことして。ほかにもっと関心持つべきことがあるでしょう。仕事がないなら、スポーツセンターに行って少し体を動かすとかしたほうがいいわよ」
悟志さんは、明らかにむっとした顔になり、「それより飯」といいながら杖をついて庭先に出ていく。病気をして以来、わかりやすい後遺症は手足の軽いしびれだったけれど、なんとなく言葉も出にくくなったような気がする。以前なら、もっと勢いよく怒鳴ったはず。
それが単に年老いたからなのか、後遺症なのかはわからなかったけれど。
――なんだか、余計に偏屈になったような気がする……。
私自身だって50を過ぎて、人生の後半に入ったことをはっきりと感じていた。それでも、まだまだ歳の割には若いと思っているし、見た目も体型も気を遣ってはいたから、40代半ばと間違われるくらいには頑張っている。
そんなふうに、必死に見ないようにしている「老い」が、悟志さんと一緒にいると、毎秒のごとく突きつけられる。お前ももうすぐ、こうなると。私たちは、緩やかに下りながら、同じように老いていくのだと。そのうえ、彼は私のことを女として見ていないというのに、私たちはこの先二人一組で生きていくしかない。
それが苦しい。「ふたりきりの老後」を抜け出せない牢獄のように、感じていた。
束の間の、妻オフ……遮ったものとは?
「そんなんで、今日、よく1泊旅行になんて出てこられたよねえ」
晶子と沙織がやや引いたようにこちらを見る。
上品なフレンチコースをいただいたあと、箱根のホテルのバーで、私たちはゆっくりとカクテルを飲んでいた。和食が好きで、お酒は飲めない悟志さんと一緒の旅行では、フレンチはなかったし、バーに行くこともなかった。
「それが、とってもラッキーなことにね、今日、あの人も大学の同窓会があるのよ。最初は行かないつもりだったみたいだけど、同じ時期に病気になって快復された親友に熱心に誘ってもらって。本当に良かった!」
「あはは、そういうわけね。でもさ、夫がじっとり家で待っていると思うと、気が咎めて思い切り楽しめないもんね。よかったね、朋子。今夜は羽を伸ばしちゃおう。私も子どもたちを見ていてくれるパパに感謝だわ」
「やれやれ、大変ね、50にもなって、たかが1泊家を空けるのもままならないなんて。。結婚、メリットあるの? ほんとに?」
私たちは揃って笑う。束の間の解放感。
「そうしよう! このバー何時までかな? もし閉まっちゃうなら、ワインとチーズでも買ってお部屋で飲まない?」
時計を見ようとスマホを出すと、そこには1件の着信履歴が表示されていた。
「え? どうして?」
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