こっちの世界とあっちの世界
 

「そういえば、春奈ちゃんのお兄ちゃん、〇〇大附属小なんだって! すごくない? 下の子、受けてみようかなあ……って、受かるわけないか~」

もうすこしでバザー準備が終わるというとき、斜め前で作業をしていたお母さんの言葉に私は思わず手を止めた。

幸い、周囲のお母さんはそんなことには気付かずきゃあきゃあと盛り上がり始める。一緒に数時間も作業をして、連帯感らしきものが生まれていた。まるで学生に戻ったような気分になり、一気に打ち解けていく。

「春奈ちゃんのお母さん、あの学校に受かるために1000万円以上かけたって言ってたよ」

「え、すごい! 信じられない! やっぱりコネとか必要なのかな? でもどうして下のお子さんはうちの学校に? お兄ちゃんしか入れなかったの?」

「女の子のほうが募集は少ないし、難しかったみたい。でもお兄ちゃん、本当にすごいよね……! 父兄には有名芸能人もいっぱいだって。ちょっと行ってみたいなあ」

「えー、別世界よ~。そんなところに通えるのは一握りの幸運なひとだけだって」

その一握りに入るために、すごく頑張ったし、あと少しだった。本当にあと少しだった。お金も1000万円どころじゃない。知育教室、絵画教室、体操教室、お受験教室。国内も海外も、いろいろな体験をさせるために連れていった。ハワイでのんびり、みたいな旅行はほとんどなくて、「試験のためにしなくちゃならないこと」を優先してきた。

それなのに。

昨夜の義両親、夫の兄弟夫妻との会食の記憶がよみがえる。「大丈夫、中学受験して、また6年後に遅れて入ればいいのよ」と笑顔で慰めてくれる義姉。もちろん自分も、息子もあの学校だ。

また6年後。6年後に絶対に勝たなくてはならない戦いが課せられている。優也が生まれてからずっとあんなに頑張ったのに、それはすべて無駄だったのだと笑顔でつきつけてくる。

私は救いを求めて夫の顔を見た。

夫は姉と同じ笑顔を浮かべて、私を見ている。

次回予告
【後編】出口が見えない彼女の前に現れた以外な人物とは?
 
小説/佐野倫子
イラスト/Semo
編集/山本理沙
 

「6年後、中学受験で入ればいいわ」義姉の慰めが、小学校受験に失敗した母に突き刺さった理由とは_img0
 

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