③ 視聴者へのリスペクト
 

映画館で観ることを前提として作られている映画には、ある程度の“余白”が許される部分があります。お金を払って観ているわけだから、何分間も沈黙があったとしても、映画館を出て行かれるようなことはほぼありません。また、スマホもおしゃべりも禁止されている空間のなかで観るからこそ、細部の演出まで目が届きやすかったりする。

その一方で、おもに家で観るテレビドラマは、まわりに集中力を切らす誘惑がたくさんあるし、簡単にチャンネルを変えることができます。なので、ある意味で分かりやすいものが多いし、“ながら観”できるように「説明台詞」を増やしている作品もあります(最近は減ってきましたが、昔の朝ドラは家事をしながらでも内容が理解できるように説明台詞が多用されていました)。
 

 


映画と比較すると普通なのかもしれませんが、テレビドラマのなかだと『アンメット』は説明台詞が極端に少ないです。とくに、医療用語が多発する医療ドラマは、説明台詞が増える傾向があるのですが、『アンメット』の場合は一度言ったことは繰り返さないスタイル。若葉さんが「視聴者を信頼して、説明台詞を減らしていきましょう」と会議でお話しされたことをさまざまな媒体で語られていますが、それにしても本当に少ない。でも、だからこそ視聴者としても背筋が伸びるというか。ミヤビ(杉咲花)が何気なく食べているお菓子にも意味があるのでは……? なんて、隅々までじっくり観察してしまうんですよね。

とくに挑戦的だと感じたのは、第10話で成増先生(野呂佳代)がケーキ屋で「ガトーショコラひとつ」と頼むシーン。この前に、成増先生はパートナーと死別したことを明かしており、「脳には前頭前野という場所があって、自分と他人を区別する場所なんですけど、大切な人や恋人に関しては区別しなくなるという報告があります」(三瓶先生)「彼と私が一緒になって、内側前頭前野にいるってこと?」(成増先生)という会話を繰り広げていました。

成増先生のパートナーの話はこのシーンでしか出ておらず、顔も名前も視聴者は分からない。それなのに、その彼の人物像と成増先生の背景を想像して、「成増先生のパートナーはガトーショコラが好きだったのかな?」「亡くなってからは彼の分も買っていたのかもしれない」「でも一緒になって内側前頭前野にいると分かったから、ひとつにしたのかしら……」と、たった数秒のシーンでこれだけ想像を膨らませている視聴者がSNS上に溢れていました。作り手が視聴者をリスペクトしてくれていたからこそ、受け取る側もその信頼に応えようと“濃い”観方をする人がたくさん出てきた。本当にいいスパイラルが生まれていたんだなぁと思います。

『アンメット』というドラマ史に残る名作が誕生した2024年春ドラマ。次のクールでも、名作フラグが立っている作品は盛りだくさん! 夏も素敵なドラマたちに出会えるのが楽しみです。
 

春ドラ『アンメット』が“今期No.1の名作”となった理由。原作や視聴者へのリスペクトが生んだ「理想的なスパイラル」を解説_img0
 

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