いい作品ほど登場人物が不完全であるような気がします。
完璧な人間なんて、つまらない。未熟で、浅慮で、失敗もするし、時には誰かを傷つけることもある。欠けているところや、いびつなところがあるからこそ、逆にそこが光を射返し、その人だけの輝きになる。人間のいとおしさとは、いつだって不完全さにあるのではないでしょうか。
『虎に翼』もまた然り。第11・12週では、二人の登場人物の不完全さが物語の基軸となりました。それが、寅子(伊藤沙莉)とよね(土居志央梨)です。
寅子の正義感は「美徳」か「傲慢」か
まず物議を醸したのが、寅子でした。己の信念に殉じ、闇米を拒んだ末に餓死した花岡(岩田剛典)。その死を悼む寅子は、花岡夫人である奈津子(古畑奈和)に「ごめんなさい」と頭を下げます。
「花岡さんが苦しんでいることに気づけませんでした。気づいていたら何か変わったかもしれないのに」
もちろん寅子は寅子で自分の無力さを責め、後悔に苛まされていたのでしょう。謝罪の言葉はまぎれもない本心です。ただし、人には立場というのがあるもの。どんどん痩せ細っていく花岡を最も近くで見ていたのも、花岡を喪って最も深い傷を負っているのも、目の前にいる奈津子。そんな奈津子を差し置いて、自分が気づいていたら何か変わったかもしれないとのたまうのは、やはり無神経です。
その正義感の強さゆえ、誰に対しても何かをしたいと思うのが寅子の美点であり欠点。再会した香淑(ハ・ヨンス)が名前を捨て、香子という日本名で生きていることを知り、「私にできることはないんでしょうか」と、香淑の夫・汐見(平埜生成)に尋ねたり。戦災孤児・道男(和田庵)を家族に無断で預かったり。自分に何かできるはずという寅子の強い信念は、時に他者が引いたボーダーラインを乱暴に踏み越え、周りの人たちに迷惑をかけることもありました。
基本的に昔から寅子はそういう人間なのです。経済的に裕福な家庭に生まれ、理解のある両親に守られて育った寅子は、一般的な尺度で言うと恵まれている側。今風に言えば、「実家が太い」人間であり、ゴリゴリの「強者」です。だからこそ、他者の抱える不遇や不自由さにやや想像の及ばないようなところがありました。
善性の強い主人公がいろんなことに首を突っ込み、持ち前の求心力で物事を解決してしまうのは、ある種の“朝ドラあるある”。かつてはそんな姿も愛されていましたが、時代の移り変わりとともに何でもかんでもヒロインが正義という空気が鼻につくようになり、今ではヒロイン大肯定のような描写は批判ややっかみの対象に。寅子に対しても「傲慢」と評する視聴者の声が一部にはありました。
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