妻の自己嫌悪


一方、智樹さんは里美さんとのことを思い出せないものの、ゆっくり話をすることで現在の妻であり、身の回りのことをすべてしてくれているのは彼女だと理解できるまでに回復していました。

ただ、里美さんとの結婚生活については記憶がほとんどなく、とても理性的に「あなたのおかげで本当に助かっています」と何度も御礼を言ったと言います。

「少しずつ思い出してくれたらいいし、もし思い出せなくてもしかたない。また信頼関係を築いていこう、と頭ではわかっています。でも……こんなこと言いたくないのですが、私の生活は彼のサポート一色に。仕事の合間もあちらこちらに手続きの電話をかけたり、夫の職場に報告や、これからどうするかといったことを面談して話したりしなくてはなりません。その隙間に病院に通ってお見舞いです。着替えを届けたり差し入れをしたりしますから、毎日通っていました。

そうすることで、現在の妻である自分の存在を彼にアピールしていたところもあるのかも……。そう考えると、自己嫌悪の気持ちが湧きました。

でもそこまでしても、たまにお見舞いに訪れる実の娘を見たときの彼の表情ときたら……。理屈じゃなく、安心してるし、嬉しそうなのが伝わってきて、無性に悲しくなってしまうことがありました」

「リハビリ病院が3カ月で500万円...?」再婚した妻を忘れてしまった脳梗塞の夫。一刻も早くリハビリを開始したい妻が迫られた決断_img0
 

心の底で痛みを抱えながらも里美さんは気丈に智樹さんを支え、とても評判のいいリハビリ病院に面談の手筈を整えます。有名なその病院はスポーツ選手や著名人も頼るほどのところで、面談アポイントをとるのさえ大変だったそう。

複数の知人から非常に信頼できる素晴らしい施設だと聞いたことで、敷居が高いのかと迷いながらも、回復してほしい一心で希望しました。リハビリは少しでも早く始めたほうが効果的という側面もあり、1日もはやく自力歩行や言葉、手先の訓練をして、社会復帰が目標です。

 

しかし一難去ってまた一難。なんとか病院で面談はできましたが、やはり人気があり、しばらくは個室しか空きがないといいます。大部屋の空きを現在の病院で待つ場合は、希望者が多いためいつ入院できるか確証はなく、リハビリ開始が遅れてしまいます。実際、とにかく空いている個室に入ってから大部屋の移動を待つ人が多いそうで、そのとき入れる可能性があった個室の値段は1日5~7万円程度。

もしも個室に3カ月入院したら、500万円ほどもかかる計算です。里美さんの決断は、どのようなものだったのでしょうか?