悲しみは溝を越える架け橋となるのか


けれど、寅子にはまだ分かち合えていないものがあります。それは、悲しみです。猪突猛進に突き進む寅子だけど、心の内側には優三を失った傷が今も化膿したままだった。娘から思い出話をせがまれても、おいそれと口にできないほど、喪失はくっきりとその姿のまま寅子の心を占めていた。むしろ立ち止まったら痛みに気をとられてしまうから、あえてここまで脇目も振らず走り続けてきたのかもしれません。


もともと寅子は、他人には弱音を吐くように言うくせに、自分自身は弱音を吐き出せない人でした。瞳(美山加恋)にカミソリを向けられたことすら家族に明かしている様子はなく、おかげで仕事人としての苦労など誰も慮ってはくれていない。強いがゆえに、孤独の道を選びがちなのが寅子です。

かつて優三とだけ分かち合えた自分の弱さを分かち合える人は現れるのか。同じように、戦争で妻を失った航一(岡田将生)がその相手なのかもしれません。でもできるなら、優未に悲しみや弱さを吐き出せるようになってほしい。家族というものに何か意味があるとするならば、悲しみを分かち合えることだと思わせてほしい。

『虎に翼』裁判官として力を得た寅子が「弱い立場の人に寄り添う」ことの難しさ。怒りだけでは“強者と弱者の溝”は埋まらない【横川良明の『虎に翼』隔週レビュー15•16週】_img0
©︎NHK

すでに優未は深夜でも対応を迫られる母の姿を見ながら、女性初の裁判官という華やかな一面だけではない寅子を知りつつあります。思えば、自分が小さい頃、親のことを一人の人間として意識したことなどなかった気がします。親は最初からずっと親で、親以外の一面があるなど想像だにできなかった。親が人間であると知ったときが、親子の関係が変わった最初の瞬間だったようにも思えます。寅子にも、優未にも、親と子という役割演技から自らを解放させることが必要なのかもしれません。

同時に、強者が悲しみや弱さをオープンにすることで何が起きるのかを『虎に翼』には見せてほしいのです。

強者と弱者の間に横たわる溝は、きっと怒りだけでは埋められない。喜びだけではまたぎ越せない。ならば、悲しみならどうか。傷ついたことのない人なんて一人もいないこの世界で、悲しみは溝を越える架け橋となるのか。その答えを、寅子に教えてほしいのです。

なぜなら、『虎に翼』は世界を分断させることが目的ではないから。強者と弱者という分かち合えない者同士が、あらゆる格差を乗り越えて同じ場所を目指せる世界があるとしたら、それには何が必要なのか。オンエアのたびに議論を呼ぶ『虎に翼』だからこそ、その答えの一つを示せるのではないかと期待しています。
 

 

NHK 連続テレビ小説『虎に翼』
出演:伊藤沙莉
石田ゆり子 岡部たかし 仲野太賀 森田望智 上川周作
土居志央梨 桜井ユキ 平岩 紙 ハ・ヨンス 岩田剛典 戸塚純貴
松山ケンイチ 小林 薫
作:吉田恵里香
音楽:森優太
主題歌「さよーならまたいつか!」米津玄師
語り:尾野真千子

【放送予定】
総合:毎週月曜〜金曜8:00〜8:15、(再放送)毎週月曜〜金曜12:45〜13:00
BSプレミアム:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜8:15〜9:30
BS4K:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜10:15~11:30
※NHK+で1週間見逃し配信あり
 

文/横川良明
構成/山崎 恵
 
『虎に翼』裁判官として力を得た寅子が「弱い立場の人に寄り添う」ことの難しさ。怒りだけでは“強者と弱者の溝”は埋まらない【横川良明の『虎に翼』隔週レビュー15•16週】_img1
 

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