ほぼ全員が携帯端末を持つようになり、ネット世論が社会に大きな影響を与えるようになったのは2010年前後からと考えて良いでしょう。当初、ネットでは先鋭的な意見を述べる人が多く、従来型の見解を示す著名人らと意見が食い違い、著名人がネットから総攻撃を受けるというパターンが散見されました。

「たかがタバコで」「ルールはルール」パリ五輪で浮き彫りになったネットと著名人の“意見の乖離”は何を意味する?_img0
イラスト:Shutterstock

その結果、多くの著名人がネット世論の影響力について強く認識するようになり、その後は、著名人がネット世論を気にしながら発言することが多くなりました。特にX(旧ツイッター)の影響力が極めて大きくなった2010年代後半には、多くの著名人がツイッターの論調に追随していたといっても過言ではないでしょう。

ところがコロナ危機が発生した2020年頃を境に、社会の状況は大きく変わったようです。

 

SNSでの誹謗中傷が社会問題化し、厳罰化が進んだこともあり、ネットで過激な発言をする人の割合は以前と比較すると明らかに減少しました。こうした事情が関係しているのか、著名人らは、以前ほどネットでの論調について気にしなくなっているようです。結果として、SNS黎明期とは異なる形で、ネット世論と著名人らの見解が乖離する傾向が強くなっています。

一連の現象が何を示しているのか、現時点で確定的なことは言えません。ネット社会と非ネット社会の断絶が加速しているのかもしれませんし、ネットで積極的に発言する人たちの属性が大きく入れ替わった可能性もあります。東京都知事選では、石丸伸二氏という、ネットを駆使したまったく新しいタイプの政治家が登場してきたことも、何らかの変化を感じさせます。

少なくとも、社会における世論形成のメカニズムやコミュニケーションのあり方が変容しつつあるのは確かでしょう。

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