米倉涼子さんが見た、最新のおすすめエンタメ情報をお届けします。
今回はチリから届いたドキュメンタリー『エターナルメモリー』を紹介したいと思います。
登場するのはチリの著名なジャーナリスト、アウグスト・ゴンゴラと、国民的女優として活躍するパウリナ・ウルティア。
アルツハイマーを患って記憶を失っていく夫と、変わらずに支え続ける妻の生活を追いかけた作品です。
最初にチラシのビジュアルを見たとき、親子なのかなと思ったほど年の差があるふたりですが、20年以上もパートナーとして寄り添ってきたのだそうです。
緑に囲まれた自宅で一緒に食卓を囲んだり、体を動かしたり。
どんなときも妻が上から何かを言うことはなく、心を開き合うように穏やかに接している姿が心に残りました。
驚いたのは、妻の仕事に夫が同行しているシーン。誰も必要以上に意識することなく、夫が舞台に上がっても当たり前のようにリハーサルが続いていく。
妻が夫のことを恥ずかしいとは思わず、尊敬しているからこそできたことだと思います。
介護をしながら仕事を続ける妻と、少しずつ記憶を失い、妻のこともわからなくなっていく夫。妻が撮った映像もあり、もちろんそこには悲しみと切なさが感じられるけれど、ふたりを結びつけているのは若い頃とまったく変わることのない愛の強さです。
まるでずっと恋人のようで、一体どうしたらここまで優しい関係を続けられるのか……。
こうありたいと思っても簡単に築くことはできない、本当に素晴らしい関係だと思います。
もちろんアルツハイマーにはいろいろな症状や段階があると思いますし、穏やかではない時間はあえて撮影をしなかったのかもしれません。
『私の頭の中の消しゴム』などアルツハイマーを題材にした作品はいくつもありますが、現実を描きながらこれほどまでに美しい世界があるんですね。
生まれた時点で死に向かっているのだから、命ある限りこんな風に最期まで生きられたらどんなにいいだろうと思いました。
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このドキュメンタリーには、ジャーナリストだった夫が取材した独裁政権時代の映像も入っています。
市民が犠牲になった辛い過去の記憶は変わらずに夫のなかに残り、今でも彼を苦しめています。
楽しいことよりも辛かったことの方が、記憶には色濃く残るものなのかもしれません。
夫婦の愛の物語にチリの歴史が重ねられ、記憶というものについても考えさせられる『エターナルメモリー』。
ひとりでも、カップルや夫婦でも、観る価値のあるドキュメンタリーだと思います。
<映画紹介>
『エターナルメモリー』
著名なジャーナリストである夫、アウグスト・ゴンゴラと、国民的女優でありチリで最初の文化大臣となった妻、パウリナ・ウルティア。20年以上に渡って深い愛情で結ばれたふたりは、自然に囲まれた古い家をリフォームして暮らし、読書や散歩を楽しみ、日々を丁寧に生きている。 本作は、アルツハイマーを患い、少しずつ記憶を失っていくアウグストと、困難に直面しながらも彼との生活を慈しみ彼を支えるパウリナ、ふたりの愛にあふれる日々を記録したドキュメンタリー。新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開中。
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取材・文/細谷美香
構成/片岡千晶(編集部)
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