恋の呪縛


「芽依、きれいになったな~。30? あれ、31か? とにかく女ざかり、って感じだよ。やっぱCAになると一気に洗練されるよね」

勇人が待ち合わせに指定してきたのは、新千歳空港からほど近いお寿司屋さんだった。こじんまりとして、カウンターしかないから、ステイ中に大人数で食事をするキャビンアテンダントとパイロットは来ないだろう。絶妙に人目につかない店だなと感心した。

「そんなことないけど……。まさか合格できると思わなかったから、今は一生懸命働いてる。人手不足だから雇ってくれたんだと思うよ」

「いやマジできれいになったって」

勇人は優しく笑うと、日本酒のメニューを手に、時計を見た。パイロットとキャビンアテンダントはフライトの12時間前から飲酒が制限されている。今は18時。明日の始発のフライトだとしても、まだギリギリ間に合うくらい。

でも勇人はメニューを閉じた。

「俺はやめとく。アルコールの呼気チェックで万が一出ると大変だからな。芽依はちょっとくらい飲んでも平気だろ? まだ時間はOKだし。すみません、日本酒のスパークリングを1杯とウーロン茶ね」

勇人は私の答えも聞かず、注文するとこちらを見ていたずらっぽく微笑んだ。

笑うと変わらない……。

正直いうと、夕方勇人にあってから、私はとても混乱していた。こんなふうに再会して、誘われることを全く期待していなかったかといえば……嘘になる。

キャビンアテンダントになった姿を、見てほしかったような気もする。

「今夜はさ、ゆっくりきかせてよ。芽依の20代、どんな風だったか。俺、芽依と別れたからさ、失敗したなあって思ってたんだよね」

その言葉が、私の乾いた砂漠のような心にぐんぐんと染み込んでくる。

どうやら、私はまだ昔の恋を引きずっていたらしい。長いあいだいじけていて、それに気づいていないふりをしていただけだった。

――どうして、たった一言で私が一番見たくない自分を引きずりだすの。

なみなみと注がれたスパークリング。一口だけ、と言い訳して飲んだその味は、あまりにもおいしくて、私は歯止めがきかなくなるだろうとその時思った。

次回予告
勇人との距離が近づいてしまう芽依……。思わぬトラブルが発生!?

 
小説/佐野倫子
イラスト/Semo
編集/山本理沙
 

「今夜は聞かせてよ」元カレパイロットの危険な囁き…10年かけて踏ん張ってきた彼女の堤防が決壊するとき_img0
 

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