平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。


これまでのはなし 酒井芽依(32)は、アラサーにして念願のキャビンアテンダント採用試験に合格。じつは新卒のとき、幼馴染にして初めてつきあった勇人がパイロットになると言い出したことで、キャビンアテンダントを志望した過去がある。しかし念願だった勇人と同じ航空会社に入社後、勇人の浮気が原因で別れ、体調を崩してすぐに退職。後悔を断ち切るべく、約10年ぶりにCAに挑戦したのだった。
札幌ステイのある日、なんと勇人と再会。お互い乗務を終え、その夜は飲みに行こうと誘われて……?
 
 


第86話 周回遅れのキャビンアテンダント 最終話

「羽田の近くのホテルはどう?」パイロットの元カレがささやく甘い罠…ヨリを戻すか、それとも…臆病になった彼女の決断とは?_img0
 

「あ~あ、CAになったらパイロットとすぐ付き合えると思ったけど……現実は甘くないのねえ。大体こうキレイな女ばっかりいる会社じゃ選ばれようがないよね。いいなあ美里先輩は! パイロットの彼氏、独身で、ちょっとかっこよかったよね?」

今月2度目に同じフライトになった同期の吉田さんが、エコノミークラスのギャレーでため息をついた。

「そうねえ……」

曖昧にほほ笑んだけれど、頬がぴくっとなったのがわかった。

3日前の札幌ステイの夜。ほんのちょっとしか飲まなかったお酒のせいにするわけにはいかない。私は夢見心地で勇人の誘いに乗った。

頭では、ついていっても何もいいことはないとわかっていた。でも「どうして浮気されたんだろう?」「もしかして今なら戻って来てくれるかも」と考え続け、想像した時間が長すぎた。

――いつかパイロットとキャビンアテンダントになったら、こっそりステイ先でデートしようね!

そんな乙女じみた約束は、とてもご都合主義に、実現された。お互いにとって。