頭の怪我が認知症リスクを高める理由
神経細胞の損傷:
頭への衝撃は、脳内の神経細胞やそのつながり(軸索)を直接損傷させます。脳の中は信号を伝えるための複雑なネットワークを構築していますが、頭の怪我は、電気配線を断線して情報が伝わらなくしてしまうのです。その結果、脳の情報伝達が妨げられ、認知機能の低下につながるというわけです。
異常なタンパク質の蓄積:
ダメージを受けた脳には、タウタンパク質やアミロイドβなどの異常なタンパク質が見られるようになります。これらのタンパク質は、アルツハイマー病などの認知症で見られる脳内の変化と深く関わっています。
慢性的な炎症:
頭の怪我の後、脳内では炎症反応が起こります。炎症は本来、傷を修復するための反応ですが、これが長期間続くと健康な神経細胞にも悪影響を及ぼし、脳の機能低下を招きます。
脳の萎縮と機能低下:
繰り返される損傷や炎症により、脳の一部が萎縮(縮む)し、情報処理能力や記憶力が低下します。
血流の障害:
頭部外傷は脳内の血流にも影響を与えます。血流が悪くなると、脳に必要な酸素や栄養が行き渡らなくなり、神経細胞がダメージを受けやすくなります。これは、一部の道路が損傷して交通の流れが悪くなり、必要な物資を届けにくくなるようなものです。
頭の怪我は、認知症の発症時期も早めてしまう
頭の怪我によるこうした脳の変化は、ただ認知症のリスクを高めるだけでなく、発症を早める可能性も指摘されています。ある研究では、頭の怪我を経験した人は、そうでない人に比べて2~3年早く認知症を発症する可能性があると報告しています(参考文献9)。
脳は一度損傷すると元に戻りにくい繊細な器官なのです。このため、日常生活で頭部への衝撃を避けることは、将来的な認知機能の維持にとって非常に大切なことです。
サッカーのヘディングやヘルメット未着用による頭の怪我は、脳に直接的なダメージを与え、長期的には認知症のリスクを高めます。もちろん、こうした事実はサッカーをはじめとするスポーツの面白さや価値を否定するものでは全くありませんし、移動手段としての自転車の価値を低めるものではありません。
実際、スポーツや運動は健康にとって非常に有益なものです。しかし、脳の健康を守るために、日常生活やスポーツ活動において、頭への衝撃を最小限に抑える工夫が大切なこともまた事実なのです。
サッカーであればヘディングの練習回数を制限したり、子どもが一定年齢に達するまでヘディングを禁止する。このような動きは実際各国で見られ始めています。あるいは、自転車やバイクに乗る際のヘルメット着用も移動手段を確保しながら頭を守る大切な手段です。こうした習慣を怠ってしまうと、認知症リスクを高めてしまうことにつながるでしょう。
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著:米マウントサイナイ医科大学 米国老年医学専門医 山田悠史
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参考文献
1. Livingston G, Huntley J, Liu KY, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. The Lancet. 2024;404(10452):572-628. doi:10.1016/S0140-6736(24)01296-0
2. Gardner RC, Bahorik A, Kornblith ES, Allen IE, Plassman BL, Yaffe K. Systematic Review, Meta-Analysis, and Population Attributable Risk of Dementia Associated with Traumatic Brain Injury in Civilians and Veterans. J Neurotrauma. 2023;40(7-8):620-634. doi:10.1089/NEU.2022.0041
3. Russell ER, MacKay DF, Stewart K, MacLean JA, Pell JP, Stewart W. Association of Field Position and Career Length With Risk of Neurodegenerative Disease in Male Former Professional Soccer Players. JAMA Neurol. 2021;78(9):1057-1063. doi:10.1001/JAMANEUROL.2021.2403
4. Bruno D, Rutherford A. Cognitive ability in former professional football (soccer) players is associated with estimated heading frequency. J Neuropsychol. 2022;16(2):434-443. doi:10.1111/JNP.12264
5. Fann JR, Ribe AR, Pedersen HS, et al. Traumatic brain injury and dementia – Authors’ reply. Lancet Psychiatry. 2018;5(10):783. doi:10.1016/S2215-0366(18)30341-9
6. Graham A, Livingston G, Purnell L, Huntley J. Mild Traumatic Brain Injuries and Future Risk of Developing Alzheimer’s Disease: Systematic Review and Meta-Analysis. J Alzheimers Dis. 2022;87(3):969-979. doi:10.3233/JAD-220069
7. Graham NSN, Sharp DJ. Understanding neurodegeneration after traumatic brain injury: from mechanisms to clinical trials in dementia. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2019;90(11):1221-1233. doi:10.1136/JNNP-2017-317557
8. Brett BL, Gardner RC, Godbout J, Dams-O’Connor K, Keene CD. Traumatic Brain Injury and Risk of Neurodegenerative Disorder. Biol Psychiatry. 2022;91(5):498. doi:10.1016/J.BIOPSYCH.2021.05.025
9. Schaffert J, LoBue C, White CL, et al. Traumatic brain injury history is associated with an earlier age of dementia onset in autopsy-confirmed Alzheimer’s disease. Neuropsychology. 2018;32(4):410-416. doi:10.1037/NEU0000423
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