「お得」に見える性格な5歳の息子
少し話がそれますが、私の5歳の息子は実に穏やかで優しい性格をしています。
誰に似たのか本当に不明ですが、たぶん親バカとかではなく、ちょっと私には理解できないほど性格がいい。あまりエゴや欲や闘争心、承認欲求もないというか、やたらと平和主義なのです。(鈍感なだけだったらどうしようと、たまに少し不安になったりも)
私と真反対の彼を間近で見ていると、根っから優しい性格と広い心というのは他人に寛容なので、怒る・悲しむ・苛立つ・妬むみたいな感情を持つことが少なく、よってストレスも少ないことがよくわかります。
性格がいいと、物理的状況はどうあれ、本人はメンタル的に損なうものが少ないので人生の幸福度が高いような。本当にうらやましいというか、お得に思える……。
ただ、私も40歳という人生の折り返し地点まで生きて、それなりの場数や経験を踏んだことにより、ようやく自分の癖をコントロールできるようになってきた気がします。
少し前は無意味に人との上下を意識したり比べてしまったり、よって自分を大きく見せるべく背伸びをして疲れたり焦ったり攻撃的になったり、あるいは疑り深く卑屈になる……みたいなことがよくあった。
でも、人はどんなにうまく振る舞っているつもりでも等身大以上には見えないし、本性はそう簡単に隠せるものじゃないとわかってきました。
ならもう逆に、そのまま自分で開き直って振舞えるほうが楽だし損もない。そう思うと、だいぶ心身の力が抜けました。というか、年を取るにつれてしんどさに耐えられなくなり、強制的に軌道修正せざるを得なくなった、と言えるかもしれません。
また自分だけでなく、人に対しても感情が下にブレにくくなりました。
他人にマイナスな感情を抱くのもエネルギーがいるものなので、単純に加齢によるエネルギー不足かもしれませんが、これは年齢云々よりも、おそらく職業柄いろんな方に取材し深く話を聞き、その人の視点のストーリーを書く作業を何年も繰り返した影響が強いかもしれません。
人の生き方や性格には実に様々な事情や理由があり、表面的な印象で簡単にはジャッジはできない。誰しも個性や癖の強さはあるし、それもお互いさま。人のことは深く知れば知るほど、面白いなとつくづく思うのです。
そして、前回のお話でも書きましたが、先月mi-molletの川良編集長のPodcast『キャリコン編集長通信』にゲストとしてお邪魔した際、「偏見」というお題をいただき、思ったことをあれこれ話しました。
結論として、マイナスな偏見にとらわれずにコミュニケーションの幅を広げたほうが人生は楽しいという話でしたが、以来、「偏見って思ったより様々な場所に潜んでいて、けっこう厄介なものだな」と1人考えています。
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