ここでいう「認知的刺激」というのは、仕事外での能動的な勉強はもちろんのこと、仕事の業務内での能動的な知的業務が含まれます。たとえば、ご紹介した研究の中では、大学講師としての授業の準備、科学者としての研究、技術者としてのソフトウェア開発などが創造的で複雑な仕事に含まれ、認知的刺激が高いと判断されている一方、レジ打ち、受付業務などシンプルでルーチンでできる受動的な仕事は、(もちろん業務としては重要ですが)認知的刺激の低い仕事と判断されています。みなさんの仕事はどの程度がルーチンで済む仕事で、どの程度が能動的で想像力を働かせなければならない仕事でしょうか? それによって研究結果の当てはめ方が変わってくるかもしれません


また、特に注目すべきは、例え過去に受けた教育のレベルが低くても、仕事で高い認知的刺激を受けている人は、認知症リスクが低いと明らかにされた点です。これは、たとえ子ども時代の教育が十分でなくても、大人になってから知的な活動に従事することで、挽回して認知症リスクを下げられる可能性を示唆しています。

逆に、大人になってから勉強をやめたり、知的な活動に参加したりしなくなると、脳への刺激が減少します。脳は使わないと機能が低下する臓器であり、日々の生活で頭を使う機会が少なくなると、認知機能が徐々に衰えてしまいます。これは、筋肉を使わないと筋力が落ちるのと似ています。だからこそ、社会人になっても新しいことを学んだり、趣味や活動を通じて脳を刺激し続けたりすることが重要です。

 


脳トレやパズルだけでは認知症は防げない


ここで重要なのは、「知的刺激」の質と量です。例えば、短期間のコンピューターを使った認知トレーニング、いわゆる脳トレやパズルなどは、短期的には認知機能に小さな良い効果があるかもしれませんがその効果は極めて限定的で、長期的な効果は未だ示すことができていません(参考文献8)。これは、費やした時間や継続性の問題なのかもしれません。安易で付け焼き刃な「脳トレ」をちょっとやっただけではダメなのです。広告では、まるで認知症を防ぐ魔法のように謳われてしまっているかもしれませんが。

これに対して、仕事での知的刺激は長期間にわたって続くため、より効果的だと考えられます。また、仕事以外でも、日常生活の中で継続的に知的な活動を行うことこそが重要なのです。

社会人になっても「勉強する人」「しない人」の差は、将来の認知症リスクに表れる!【山田悠史医師】_img0
写真:Shutterstock

一方で、知的活動とは正反対の影響を与える可能性があるのが、ソーシャルメディアの過剰な利用かもしれません。一見、脳への刺激になっているように見えても、うつや不安につながったり(参考文献9)、睡眠の質を低下させたり(参考文献10)することで、結果として脳の健康には悪影響を与えてしまう可能性があります。

以上から、子ども時代の勉強をサボることや、大人になって知的活動をやめてしまうことが認知症リスクにつながる過程は、次のようにまとめることができます。

1. 子ども時代の教育は認知予備力を高め、将来の脳の健康を支える基礎を作る

2. 大人になってからの知的活動は、認知機能を維持・向上させ、脳の健康を保つ

3. 継続的な知的活動は、社会経済的な状況を支えることにも繋がり、間接的に認知症リスクを低下させる可能性がある

4. 反対に、知的活動の不足やソーシャルメディアの過剰利用は、認知症リスクを高める可能性がある

このように、子ども時代からの教育、そして大人になってからも継続的に知的活動に従事することがあなたを認知症リスクから守ることにつながります。また、仮にどこかで勉強をサボって負債を抱えてしまっても、その後の頑張りでその負債を返済し、貯金ができる可能性があります。
逆に、知的な活動が少なく、勉強の習慣がない人は、一歩ずつ認知症を近づけてしまっていると考えられます。

社会人になっても「勉強する人」「しない人」の差は、将来の認知症リスクに表れる!【山田悠史医師】_img1

『最高の老後 「死ぬまで元気」を実現する5つのM』
著:米マウントサイナイ医科大学 米国老年医学専門医 山田悠史
定価:本体1800円(税別)
講談社

Amazonはこちら
楽天ブックスはこちら

高齢者の2割には病気がないことを知っていますか? 今から備えればまだ間に合うかもしれません。

一方、残りの8割は少なくとも1つ以上の慢性疾患を持ち、今後、高齢者の6人に1人は認知症になるとも言われています。
これらの現実をどうしたら変えられるか、最後の10年を人の助けを借りず健康に暮らすためにはどうしたらよいのか、その答えとなるのが「5つのM」。
カナダおよび米国老年医学会が提唱し、「老年医学」の世界最高峰の病院が、高齢者診療の絶対的指針としているものです。

ニューヨーク在住の専門医が、この「5つのM」を、質の高い科学的エビデンスにのみ基づいて徹底解説。病気がなく歩ける「最高の老後」を送るために、若いうちからできることすべてを考えていきます。


参考文献
1.    統計局ホームページ/令和3年社会生活基本調査 [Internet]. [cited 2024 Sep 28]. Available from: https://www.stat.go.jp/data/shakai/2021/index.html
2.    Liu C, Murchland AR, VanderWeele TJ, Blacker D. Eliminating racial disparities in dementia risk by equalizing education quality: A sensitivity analysis. Soc Sci Med [Internet]. 2022 Nov 1 [cited 2024 Sep 28];312. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36162365/
3.    Seblova D, Berggren R, Lövdén M. Education and age-related decline in cognitive performance: Systematic review and meta-analysis of longitudinal cohort studies. Ageing Res Rev [Internet]. 2020 Mar 1 [cited 2024 Sep 28];58. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31881366/
4.    Seblova D, Fischer M, Fors S, Johnell K, Karlsson M, Nilsson T, et al. Does Prolonged Education Causally Affect Dementia Risk When Adult Socioeconomic Status Is Not Altered? A Swedish Natural Experiment in 1.3 Million Individuals. Am J Epidemiol [Internet]. 2021 [cited 2024 Sep 28];190(5):817–26. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33226079/
5.    Kivimäki M, Walker KA, Pentti J, Nyberg ST, Mars N, Vahtera J, et al. Cognitive stimulation in the workplace, plasma proteins, and risk of dementia: three analyses of population cohort studies. BMJ [Internet]. 2021 Aug 19 [cited 2024 Sep 28];374:1804. Available from: https://www.bmj.com/content/374/bmj.n1804
6.    Kim Y, Kim SW, Seo SW, Jang H, Kim KW, Cho SH, et al. Effect of education on functional network edge efficiency in Alzheimer’s disease. Scientific Reports 2021 11:1 [Internet]. 2021 Aug 26 [cited 2024 Sep 28];11(1):1–8. Available from: https://www.nature.com/articles/s41598-021-96361-0
7.    Chan MY, Han L, Carreno CA, Zhang Z, Rodriguez RM, LaRose M, et al. Long-term prognosis and educational determinants of brain network decline in older adult individuals. Nature Aging 2021 1:11 [Internet]. 2021 Nov 11 [cited 2024 Sep 28];1(11):1053–67. Available from: https://www.nature.com/articles/s43587-021-00125-4
8.    Gates NJ, Rutjes AWS, Di Nisio M, Karim S, Chong LY, March E, et al. Computerised cognitive training for 12 or more weeks for maintaining cognitive function in cognitively healthy people in late life. Cochrane Database Syst Rev [Internet]. 2020 Feb 27 [cited 2024 Sep 28];2(2). Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32104914/
9.    Weinstein AM. Problematic Social Networking Site use-effects on mental health and the brain. Front Psychiatry. 2023 Jan 19;13:1106004. 
10.    Xanidis N, Brignell CM. The association between the use of social network sites, sleep quality and cognitive function during the day. Comput Human Behav. 2016 Feb 1;55:121–6. 


山田悠史先生のポッドキャスト
「医者のいらないラジオ」


山田先生がニューヨークから音声で健康・医療情報をお届けしています。 
以下の各種プラットフォームで配信中(無料)です。
ぜひフォローしてみてくださいね。

Spotify
Apple Podcasts
Anchor
Voicy

医療系のニュースレターメディア theLetter
医者のいらないニュースレター

ニューヨークで働く医師であり『最高の老後』著者である山田悠史が、健康や老化にまつわる情報や最新医療ニュースの解説をニュースレターでお届けします。「医者のいらない」状態を医者と一緒に実現しようという矛盾したニュースレターです。

無料で「医者のいらないニュースレター」をメールでお届けします。
コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

 


前回記事「SNSやYouTubeの見すぎは「うつ病」の引き金に。うつ病の治療は「認知症の予防薬」にもなる!【山田悠史医師】」>>

社会人になっても「勉強する人」「しない人」の差は、将来の認知症リスクに表れる!【山田悠史医師】_img2
 
社会人になっても「勉強する人」「しない人」の差は、将来の認知症リスクに表れる!【山田悠史医師】_img3