今まで買っていた服ってなんやったんやろう?


その後、私はいまの芸能事務所に所属したものの、そんなにすぐにうまくはいかないだろうと思い、好きなファッションの世界を学ぼうと文化服装学院に入学して服づくりを学んだのだけれど、服をつくるのってものすごい時間と労力がかかっていて、まずデザイン画を描いて、大きな紙にパターンをひき、各パーツの型紙をつくって、仮布に型紙を貼り付け、まち針で留めて立体にして、思い通りのシルエットになっているか確認し、修正して、布を選び、型紙を布に貼り付け、カットし、ロックミシンで生地の端をかがり縫いし、まち針で留めて、ミシンで縫い、ボタンや金具を手縫いして完成。

いや、わかってはいた。当然そうやってつくるんやろうなと思ってた。でも実際にやってみると果てしない。途中でちょっとなかったことにしたくなるぐらい果てしない。こんな労力と時間をかけて1着の服がつくられているのかと思うと、いままで高いなと思っていた服たちが途端に安く感じてくる。

いままで390円とかで買っていた服ってなんやったんやろう。古着とはいえ、既成品、量産品とはいえ、誰かがつくって、誰かが買って、誰かが着て、誰かが手放して、巡り巡って自分のところへ来たと思うとなんだか不思議な気持ちになってくる。

そして服づくりを学ぶと縫製がしっかりしているかどうか、永く使える服かどうかということがわかって、安易に服を買わなくなった。

おばあちゃんから譲り受けた服や父から譲り受けたジャケットはおそらく一点一点丁寧につくられていて、「坂口」という刺繍が入っていたり、サイズを直したりカスタマイズした形跡がのこっていて、そして、私がいまも着られるほどタイムレスで質のいい服。

自分の好きなひとつの服を大切にケアしながら着る。これこそおしゃれなんちゃうかと思う。毎日違うコーディネートをする必要なんてなくて、自分の気に入った会心の一着をユニフォームのように着るってすてきやん。

「それはほんまにおしゃれなのか?」1着390円の古着を買っていた私が指輪ひとつに3万円の価値を見出すようになるまで【坂口涼太郎エッセイ】_img0
 

チャーリー・ブラウンがいつでも黄色に黒のギザギザが入ったポロシャツを着ているから目に入った瞬間にチャーリー・ブラウンとわかるように、「ドラえもん」の登場人物たちが黄色ピンクオレンジ緑、そして真っ青であるように、スティーブ・ジョブズがいつも黒のタートルネックとジーンズだったように、同じ服を、自分はこの色のこのシルエットのこのコーディネートの人ですというように、キャラクターのように好きを突き詰めて研ぎ澄ませていったオンリーワンのコーディネートがひとつあれば、それでええやん。

そう思ってからのお買い物の基準は「これを一生身につけるかどうか」というものになり、そうすると服を買う頻度が格段に減った。

そして、クローゼットにある服も格段に減った。本当に気に入っているものしか置かないと決めてから、量より質に移行して、一生着られる、一生着たい服だけが残った。

 


のちにバラエティ番組に参加するようになり、まだスタイリストさんをつけていなかったときに番組から衣装代として3万円をいただいて、それで衣装を買わせていただいていたのだけれど、コーディネートを毎回変える気のない私はその3万円で全身をコーディネートする気は一切なく、ずっと欲しかった指輪をひとつだけ買ったりして、領収書をマネージャーのお福に渡したらものすごく驚かれた。

裸に指輪だけで出演すると思ったのかな。

ということで、いまの私にとってのおしゃれとは同じものをずっと大切に着ること。そして、それはトレンドにも、誰かが決めた美的感覚の尺度にも左右されない、自分で決めた唯一無二のものであること。

おしゃれかどうかという批評をされるまでもない、わたしであること。それが私にとってのおしゃれ。

シアーの服も一日中着ていたら疲れるけど、写真写りはやっぱりかわいいし、雰囲気が出るから、ここぞというときに着ています。どこに行くか、なにをするか、誰と会うか、それが服を選ぶときにはインポータントだね。

白い服は汚れるかもしれないから気をつけようという心がけが働いて、その緊張感が半ば強制的に丁寧で品のある振る舞いにさせるし、なりふり構わず楽でいたいときはラフで洗濯しやすいけど、自分の好きな色やシルエットの服で所構わずごろごろする。「TPOが大事だ」と家庭科の授業で習ったけれど、今になってあれは教科書に書いてあることの中でも特に納得できることやわ、もっと蛍光ペンでぱきぱきに強調しておくべきやったわ、とピグモン時代の私に言うてあげたい。

どんなTPOのときでも、自分の好きを研ぎ澄ませたそのときどきの一張羅で、私はこれからもどんどんクローゼットにある服を減らしていって、少数の精鋭たちとともにおしゃれを謳歌するで。

そして、その精鋭たちを大切にメンテナンスして、後世の誰かに引き継げたら、尚良しなのだ。


文・スタイリング/坂口涼太郎
撮影/田上浩一
ヘア&メイク/齊藤琴絵
協力/ヒオカ
構成/坂口彩
 

「それはほんまにおしゃれなのか?」1着390円の古着を買っていた私が指輪ひとつに3万円の価値を見出すようになるまで【坂口涼太郎エッセイ】_img1
 

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