シンパシー


「な、なにこの親子丼……めちゃくちゃ美味しいね!」

オレンジ色の黄身がとろりと鶏肉に絡まった親子丼。一口で、私は歓声をあげた。美味しい。これで600円。何事かと思う。さすが北海道……!

「美味しいっしょ!? よかったあ、亜紀ちゃん東京で美味しいものいっぱい食べてるからどうかなと思ったけど、素材は絶対こっちがいいもんねえ。あっちで生みたて卵、いっぱい買えるからね、車に箱ごとのっけて帰ろう」

「うう……ありがとう、私、北海道来て一番今日が楽しい」

「あはは! 大げさだねえ~」

理絵ちゃんは私の背中をばしっと叩いてけらけら笑ったけど、私はいたって本気だった。いつもはNETFLIXを見てるだけの昼間、友達と北の大地をドライブしてランチなんて。贅沢このうえない。

広大な農園のなかで、そっけないテーブルとイスが並んだ平屋の食堂だったけれど、室内はストーブがたかれていてあったかい。ほかには親子連れが二組だけ。食事が終わったあとに追い出されることもなく、私と理絵ちゃんはセルフサービスで飲めるやかんのほうじ茶をいただいた。

転勤先でできた気のいい年下の女友達。人懐っこい彼女に誘われるままついていき……抱いた違和感_img0
 

窓の外で、灰色の空からちらちらと粉雪が降っている。

「冬が来たねえ……。北海道じゃ、持ってきた洋服や靴、役に立たなそうだなあ」

私が思わずつぶやくと、理絵ちゃんはうなずいた。

「亜紀ちゃん、そんなおしゃれなスカートなんて着てる場合じゃないよお。よそのひとはね、たいてい初めての冬は派手に転ぶよ。大股すぎるんだよね、小股ですり足だよ。ペラペラのスニーカーもだめ、しっかり滑り止めがついてる靴にしないと」

「え~、持ってない……イオンにスノーブーツ売ってよね? 買っとかなきゃ」

「持ってないの!? 雪用の靴? 亜紀ちゃん、よく北海道きたねえ~。なんで旦那さんについてきたの? 単身赴任でも良かったっしょ? 東京からこんな田舎に来るなんてさ」

白いふっくらした化粧っけのない肌に、そばかすが浮いている。理絵ちゃんのイノセントな表情と率直な物言いに、私もいつになく素直に答えた。

「正直、最初は後悔したかも……。友達も仕事もなくて土地勘も免許もないって、結構無謀だった。寂しくて、こっそり泣いてたんだけど、遼平は亜紀なら友達すぐできるよ! って言われて、それも能天気でむかついたな~。ついてきたのは私なんだけどね。

ほら、私もう36じゃん? 子どもがほしいなって思ってるから、焦ってたのもある」

「ああ、わかる~! 私もさ、赤ちゃんなかなかできなくて。ここらだとみんなもう同い年の子は2人目、3人目なんだけど、3年経ってもできないんだわ。同居のお義母さんにも嫌味言われるし、こんなふうに一緒に遊んでくれる子も少なくなった。だから今日は亜紀ちゃんが付き合ってくれて嬉しいよ」

理絵ちゃんはにっこり笑うと、音を立ててお茶をすすってから『ああ~おいし~』とつぶやいた。年下だけど包容力のようなものさえ感じる理絵ちゃん。お子さんができないことで、きっと苦労したんだ……。田舎ではきっと都会にはわからない不文律やら圧力があるんだろう。

「……お茶も、おいしいねえ。幸せ」

私はお礼の代わりにつぶやいた。

私はあなたとここに来られて今日、とっても嬉しい。ハローワークで声をかけてくれてありがとう。プチドライブに誘ってくれて。

 


冬のメランコリック


北海道の冬は長い。

11月には雪がしんしんと降り、アスファルトの両端にがっちりと固まって、そのまま毎日冷凍されている。毎朝、まだ夜が明けるか明けないかの頃に除雪車が道路をならしてくれるが、それもイタチごっこの様相だった。

「はあ……また雪かあ~」

洗濯物を室内のストーブの前で干しながら、私はため息をついた。