平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。

 


第90話 友達がいない その1

缶詰工場か漁師補助の求人を見つけたものの…「車がない?そりゃ無理だ」夫が北海道に転勤、妻が直面した難儀な日々_img0
 

「お客さ~ん、これで5件目ですよ。こう言っちゃあなんだけどね、ここらであと何件みても同じだよ。東京の人が気に入るようなアパートはないんだよねえ」

「えッ、あの、私そんな高望みはしてないです。ただ、騒音が気になるタイプなんで、木造2階建てじゃなくて鉄筋4階建てくらいのマンション希望で。夫の転勤なので、家賃は10万円までは会社で出してもらえますから、それよりちょっと高くても出せます!」

「10万!? むしろそんな物件、この町にはないんだわ~。鉄筋なんて、駅前に1棟あるけどもね、賃貸はやってないんだよ」

不動産屋さんのおじさんは、今日1日で部屋を探さなくてはならない私に、すでに2時間付き合ってくれている気のいいひとだ。この道30年だという彼が言うのだから、その通りなんだろう。

「ということは……これまで見たアパートの中から探さないとならないってことですよね。私、車の免許を持っていなくて。イオンに歩いていける物件はどれですか?」

内心泣きそうになりながら、物件情報の紙をもう一度チェックする。まだ15時だというのに、北海道の秋はすでに薄暗かった。10月末だというのに、もしかしてもうすぐ雪が降るんじゃないだろうか。東京から日帰りで来たので、もうすこしで空港に戻らなくてはならない。

「イオンね、じゃあこれだな。駅からは徒歩45分だけんど、旦那さんは工場勤務なら会社の車、使えるよね? 奥さんは電車でどこもいく用事ないだろうし、イオンの近くは賢明だな」

妙にファンシーでメルヘンな外見の、水色のアパートを思い出す。2LDKで5万円。もっと高くていいから、テンションの上がる要素が欲しかった……。

「どこもいく用事がない」というおじさんの言葉がぐっさりとささる。夫の転勤にくっついて田舎までやってきた妻に、行くあても会える人もいない。

私は北海道への帯同を決めたことを、すでに後悔しはじめる。