アクシデント


現実逃避をしているあいだに、秋は瞬く間に終わり、厳しい冬がやってきた。雪は根雪になり、道路の脇にいくらでも積み上げられた。教習所通いも思うようにいかず、徒歩もままならない。

私はいよいよ東京に帰りたかった。あそこに行けば友達もいるし仕事もある。親もいるし、歩いていけるカフェも、ヨガの教室も、通いなれたレストランも。

配偶者の辞令ひとつで、そういうものから全て引きはがされることの理不尽さ。

自分が来たくてついてきた。そうしないと難しい要素がいくつもあったから。それでも、割り切れない思いが湧いてくる。誰も悪くないとわかっているけれど、この転勤という制度がとても残酷に思えた。決して強制ではない。でも会社員にそれを簡単に断ることはできないし、家族だってできるだけ一緒にいたいと思っている。転勤制度は現代において難しいシステムでは? 

仕事なのだから仕方ない。でもこの割り切れない気持ちと寂しさ……。

私は世間とすっかり仲違いしてしまったようだ。何をしてもうまくいかないし、気持ちがささくれている。

――いけないいけない。こんな風にいじけてちゃ今年が終わっちゃう。少し早いけど、クリスマスの飾りつけでも買ってきて、おうちの中だけでも居心地よくしよう。ホームセンターは3キロ先、バスはないけど運動がてら歩いていけば時間もつぶれるし一石二鳥ね。今日は雪も降ってないし。

私は強引に理由を見つけて、とにかくアパートから脱出することにした。なけなしのやる気がなくなる前に、と急いだのがいけなかったのだろう。10分ほど歩いたところで、スマホを忘れたことに気がついた。取りに戻ったら、絶対にもう行く気が失せてしまう。

どうせ連絡なんて勧誘くらいしかない。しばし考えたけれど、私はそのままホームセンターに向けて歩いていく。

 


急転直下、大ピンチ

マルチに宗教、保険にエステモニター…孤独な転勤妻に忍び寄る「お友達ビジネス」の闇_img0
 

――うわ……雪か。

ホームセンターからの帰り道。かわいいオーナメントを見つけて、少し気持ちが弾んだ勢いで歩き始めて15分。空はみるみる暗くなり、雪が降り始めた。

とたんに寂れた国道が静寂に包まれる。この道路は車の往来も少なくて、もちろん歩いている変わり者はだれもいない。無音。雲が厚くなったせいだろうか、15時半だというのにもう薄暗かった。

東京では考えられないくらい、ぽつん、ぽつんとまばらに立つオレンジの街灯が、頼りなく道路を照らしている。

雪が道路の白線をまたたく間に覆い始めていた。