するとJさんは、中でゆっくり話したいと言い始めました。
「本能的に嫌な感じがして『申し訳ないけれど、ふたりになることはできないから玄関に簡易椅子を持ってくるのでここで少しドアを開けて話してもいいですか?』と頼むと、なんとJさんは突然ものすごい勢いで私の腕を掴み、そのまま廊下を強引に進み、寝室に入ろうとしたんです。抵抗してブラウスの袖も引きちぎれました」
お話を伺っていて、思わず慄いてしまいました。異国で男性を部屋に入れるという事態は危機管理がなっていないと批判されるかもしれません。
しかし、経緯と巧妙なやり取り、そして会社の関係者、おまけに警備の隙をするりとついてきたことを勘案すると、それは防ぐことが難しい状況だと思いました。のちに分かったことですが、Jさんはメイドからそれとなく間取りを聞き出していたようです。
「無我夢中でその手を振り払い、玄関にあるものを引き倒し、外に飛び出しました。ポケットにスマホが入っていたので、ロビーに駆け込みながら会社の総務に電話をしました。緊急事態のときは24時間かけてと言ってくれている電話番号です。
すぐに2人来てくれて、警備員に、無断で誰かを通すなんて考えられないと怒鳴ってくれて……Jさんはすでに逃げたあとでした。夫にも連絡してくれましたが、遠方なので夜まで帰ってこられません。会社がその場でホテルを取ってくれて、Jさんが見つかるまでは帰宅した子どもとそこにいるようにと匿ってくれました。私は震えが止まらず、でも自分の落ち度もあると感じていたので、まともに口もきけないくらいで……」
社内ではJさんの勤務態度が良好だったことから衝撃が大きかったといいます。のちにヒアリングがあり、幸子さんが優しかったから横恋慕した、恋仲になるチャンスだと思ったというのです。
もちろんすぐに解雇になりました。
「初めての海外生活で、ドライバーさんとして頼りにしていたし、感謝を伝えていました。もともとそういう性格なんですが、それが誤解を生んだんだと思います。夫が遊んでいるのを見て、つけこむ隙があると思われたのでしょう。
私が夫と向き合う前に、情報を仕入れようなんて考えたことがいけなかった。そう思ってひどく落ち込みました。海外生活はやはり怖い、という気分にもなったし、Jさんは解雇されてもこちらの生活圏を知っています。それからはスーパーや学校にいくのもびくびくしていました」
しかし、禍福はあざなえる縄のごとし……幸子さんにとってトラウマになるようなひどい事件でしたが、洋治さんに劇的な変化が起きたのです。
「妻がレイプされそうになったことは衝撃だったようで、ドライバーは固定ではなく、ハイヤーのような形でランダムに派遣される車で通勤するように会社に掛け合ってくれました。日中の家族の送迎も同様です。そして、夜は早く帰ってくるようにもなりましたし、土日は家族で旅行にいく頻度が増えたんです」
あまりの変化に驚くばかりですが、急に改心したポイントは何だったのでしょうか?
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