2017.1.17

しなやかな生命力

あしらい、かいしきと呼ばれる、盛り付け用の松葉や南天。羽根つきの羽にそっくりな衝羽根(ついばね)の実はビャクダン科の落葉低木。可愛くて気に入りましたが、なぜか猫と取り合いに。

今年のお正月は、お重や器の盛り付けに使おうと、あしらい用の葉や枝をいくつか買い揃えました。

松葉、檜、あしたば、南天、ヒカゲノカズラ、衝羽根の実、そして稲穂。

朱塗りの丸盆に載せてみると、それだけで絵になり、きれいだなあ、としばし眺めました。

松葉も檜も南天も、庭先や公園にふつうに植えられているもの。それをあえて家の中の食卓の上、器という小宇宙に取り込んでいく。自然と、四季と、ここまで共生する国は他にはないと思います。

ふと、戸隠神社の神職の方から聞いた話を思い出しました。

「日本は古代から四季とともに暮らす国、つまり天候になにもかもが左右されるということです」

まだ若い神主さんは穏やかな口調で続けました。

「だから、不安定で当たり前、なんですね。天候が変化すること、四季があることの不安定さを組み込んだ暮らしを、日本人は長い間、この自然と寄り添いながら営んできたのです。ある時は知恵を集め、ある時は諦念とともに、そしてまたある時は格闘して」

天候の安定した、地震や四季のない国なら、もっと安心して暮らせるでしょうか?

シンガポールや中東の生活で体験した季節のない日々を思うと、安定というよりむしろ感覚が動かず、両腕をギュッと縛られたかのように苦しかった記憶があります。

不確実な時代だからこそ

今年、2017年はまさに不安定な要素が世界を覆っています。今週発足するトランプ政権は予測がつかず、それによって翻弄される東アジア、見えないロシア、反グローバル化の波が押し寄せる気配の欧州、テロや難民の問題もとどまるところを知りません。

世界の不安は確実に個人の心にも影響を及ぼします。感受性が鋭い人ほど、もやもやした不安を感じているのではないでしょうか?

でも、そんな不確実な状況に対し、日本人は本来、柳のようなしなやかさや、常緑の常盤木のような静かな生命力をもっているのかもしれません。四季の美しさ、過酷さと寄り添ってきた底力は、確実にわたしたちのDNAに刻みこまれていると感じます。

とはいえ、今年は今までとは少し違うベクトルで何かを始めたい。わたしはふたつ、決めました。

ひとつは身体を立て直すこと。

もうひとつは自分の原点を確認すること。

筋肉を増やし、血流を良く、呼吸を深くすることで、不安に打ち勝つ身体を作りたいと、筋トレを再開しました。実のところ、15年に及ぶ更年期には思うように身体を鍛えることができなかったのですが、再スタートです。

そして原点。

冬休みには、若い頃に影響を受けた寺山修二や小泉喜美子、そして須賀敦子など を読み直しました。また、「迷った時は古典に帰れ」とばかりに、しばらく手に取っていなかった「源氏物語」の新しい研究者の本を読んだり、気に入った俳句や短歌をノートに書き集めたり。

みなさんも、きっともう無意識のうちになにかをはじめているのではないかしら?

直観的に、これと思ったことをやるのが今は正解。答えは案外、自分の心のなかにあるのだと思います。

不確実なればこそ、その時を生き抜くことで磨かれるものがあるのではないでしょうか。

大丈夫、進んでいかれる。

自分にそう声をかけています。

10年前に「源氏物語の時代」でサントリー学芸賞を受賞した研究者、山本淳子さんの著書は、とても読みやすくわかりやすく、かつ面白い。学問の世界にも、伝えたいという熱意に満ちた研究者が登場していたのですね。