光野桃「美の眼、日々の眼」

2017.1.10

人生をともに歩む、パールという名の伴走者

フランス人カメラマン、セルジュ・グエルランド氏が撮影した在りし日の白井多恵子さん。流れるようなパール遣いに目を奪われますが、少女のような愛らしさと透徹した職人魂を併せ持つ美しい女性でした。

40代の終わりの頃、ある決意をしました。それは、持っているパールのネックレスを直す、ということです。

母から譲られた真円のホワイトパールのネックレス。フォーマル用に、と母がずっと以前に購入したもので、しかしつけたところをほとんど見たことがありませんでした。

「パールは身につけずにしまっておくと、輝きが失せてしまうらしいの。だからあなた、Tシャツでもジーパンのシャツ(ダンガリーのことを母はこう呼んでいました)でも、どんどんつけてちょうだい」と手渡されました。

なにを無茶な、と思いながらも、ためしに白黒のボーダーTシャツに合わせてみると、そう悪くない。でも、やっぱり「首だけフォーマル」感はいなめず、どうしたものかなあ、と10年近く考えあぐねていました。

冠婚葬祭でも、結婚式などの華やかな場には着物で行くことが多く、弔事にはあまりアクセサリーをつけないので、出番はなかなかありませんでした。
 

忙しさにすり減る日々を癒すもの

わたしの40代は90年代の半ば頃。自分史上最高にコンサバティブなおしゃれをしていた時代でした。

当時、凝っていたのは蜂蜜色のスタイル。秋の稲穂を思わせるような香ばしいイエローベージュの麻のパンツスーツや、イタリアでパンナ色と呼ばれるとろりと甘い白ベージュのテントシルエットのライトコートに同素材のワンピース、それに同系色のスカーフを垂らす、といった装いでした。

とはいえこれは仕事着で、ほとんどの時間はジャージを着て慌ただしく家事をし、明け方まで書斎で机に向かう生活でした。だからこそ、外に出て、ひとに会う日にはおしゃれしたかった。

人生の中で、40代というのは円熟と若さのバランスがとれ、どんな服でも似合ってしまう年齢なのだと思います。いまのファッションはごくカジュアル、エイジレスだから、ある日突然いままでのものが似合わなくなるといった現象も起こるのだと思いますが、人生を俯瞰してみると「堂々たる女ざかり」なのです。

でも、そんなわたしの女ざかりは忙しい仕事と家庭、子育てですり減っていました。

なにかひとつ、確固たるものがほしい。わたしは心の奥底に、そんな叫びがあることに気がつきました。なにものにも揺らがない、確固たる美がほしい。日々の暮らしにそっと寄り添ってくれる、饒舌過ぎないものが――。

そう考えたとき、寝かせていた母のパールを起こして、おしゃれの、そして人生の味方になってもらおうと一大決心をしたのです。
 

毎日手で触れ、視線を向ける

パールに限らず、ジュエリーは肌につけていないと、なんとなく元気がなくなっていきます。とにかく手で触れ、近くに置いて視線を向けてやらないと、物というのはすさんでくるのです。

ジュエリーは鉱物、ましてパールは貝の苦しみから生まれる涙の結晶のようなものなので、つまりは生きているからです。

「できれば毎日つけたいのですが…」

仕事で出会い、以来親しくさせていただいていたジュエリーサロン、ボンマジックのオーナーデザイナー、白井多恵子さんのところに母のパールを持っていき、相談しました。

「パールの粒と粒の間を少し離すように、ホワイトゴールドか18金の金線で編み直したらどうかしら。そうすれば長さの調整もできるし、粒と粒の間に空間ができることで動きが生まれてくるの。だからカジュアル感が増して合わせやすいし、その動きがつけた人をきれいに見せてくれるのよ」

彼女はそう言って、ご自身のつけているバロックパールのネックレスを見せてくれました。

パールを編み直すことは、少し勇気のいることでした。けれど、出来上がってきたネックレスを見て、思わず声を上げてしまいました。ちょっと澄まし顔だったパールが、親しい友人のような朗らかな、親しみ深い表情に変わっていたからです。

それ以来、オードリー・ヘプバーンの映画「パリの恋人」に出てくるようなシンプルなタートルセーターや、Tシャツ、デニムにも違和感なく合わせられるようになり、パールはわたしにとって日常のジュエリーになりました。
 

大人のパールは「ニュアンスづかい」で

日々、パールを身につけていると、新しいつけ方も気になってきます。

ボンマジックのスタッフの方たちから、ふたつの素敵な方法を教えていただきました。

ひとつは「うずめる」。

モヘアなどの毛足の長いプルオーバーに、やや長めのネックレスやペンダントをつけます。パールが毛足の中にうずもれているように見え、その質感のコントラストがとても新鮮で、可愛いのです。

もうひとつは「隠す」。

Vネックでもラウンドでもいいのですが、襟あきと自分のデコルテのバランスを見ながら長さを決めると、ふとした動きで、ネックレスの先端やサイドの部分が襟に隠れることがあります。それがとてもエレガント。大人の女性にしか出せない、清潔な官能性も感じられます。

ネックレスの長さは、それをつけたい服を持って、あるいは着て行って決めると失敗がありません。

また、バロックパールであれば、合わせる服もつけていく場所もさらに広がるでしょう。

わたしの最初のパールネックレスは、何年か後に母の形見となり、過酷な在宅介護を支えてくれた義妹に譲りました。

パールは、貝が生み出す有機的なやわらかさを持つからでしょうか、かなしみもよろこびも静かに受け止め、ともに生きる、まるで人生の伴走者のように思えてなりません。

ボンマジックスタッフの敦子さん。48センチの白蝶バロックパールのペンダントを、モフモフのプルオーバーにうずめて。
企画スタッフの直子さん。56センチの白蝶バロックパールのネックレスが、大きく開いたVゾーンに見え隠れ。デコルテがきれいに見えるレンガ色のカシミアは、大草編集長と日本橋高島屋シーズンスタイルラボのコラボアイテムで、直子さんのお気に入りだそう。

*ボンマジックサロンでは、現在残念ながらお直しやリメイクは行われていませんので、何卒ご了承ください。(編集部)