「演劇」を活用し、さまざまなコミュニケーションで教育活動を行ってきた劇作家で演出家の平田オリザさん。大学入試改革にも携わっている平田さんは、演劇を学ぶ初の国公立大として、2021年度に開校する予定の国際観光芸術専門職大学(仮称)の学長就任も決まっています。連載「22世紀を見る君たちへ」では、これまで平田さんが「教育」について考え、まとめたものをこれから約一年にわたってお届けします。
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さて、私はこの選抜試験の開発に当たって、海外の多くの大学の最先端の入試を参考にしたが、この「どのような局面においても能力が発揮できるか」を問う試験を行っている大学は寡聞にして見つけることができなかった。
そこで私は、この選抜試験実施のための最初のミーティングで、そこに集まった大阪大学の精鋭の教員たちに、「『宇宙兄弟』という漫画があるのですが、これを全巻買って読んでください」とお願いした。
映画化もされたのでご存じの方も多いかと思うが、『宇宙兄弟』はJAXA、NASAの宇宙飛行士を選抜し育成していく過程が描かれた漫画である。
従来型の入学試験では、その時点での生徒・学生の持っている知識や情報の量を測って、例えば上から20番までが合格、21番以下は不合格としてきた。しかし、JAXA、NASAの選抜試験はそれとは異なる。お互いの命を預け合えるクルー(=仲間)を集める試験である。

 

そこでは当然、いろいろな能力が要求される。共同体がピンチの時にジョークを言って和ませられるか。明晰な解析力でピンチの本質を整理できるか。斬新な意見で共同体をピンチから救えるか。しかし、どんなにいい意見を言っても、日頃から地道な手作業などに加わっていないと信頼されないなどなど。
また、宇宙空間で生き抜いていくための強くしなやかな共同体を構成するための試験であるから、いろいろなメンバーが必要となる。プロ野球でさえ、読売巨人軍のようにお金の力だけで4番バッターばかりを集めても勝てるものではない。足の速いやつ、バントのうまいやつ、左の変則ピッチャーといろいろな個性がそろっていなければチームは強くならない。
おそらく、今後、日本の大学の入学者選抜もこのように変わっていくだろうと予想されている。

現在、ハーバードやMIT(マサチューセッツ工科大学)あるいは日本でも京都大学などが、講義内容のインターネットでの公開を始めている。これは、Massive Open Online Course(MOOC)と呼ばれ、多くの場合、インターネット上で誰もが無料で、その講義を受講することができる。コースによっては修了証が授与されるものもある(このMOOC自体もすべてが成功しているわけではないが、その議論はここではおく)。
これは、一見、不思議な事象だ。厳しい受験競争を勝ち抜き、また高い授業料を払っているのに、そこでの授業はインターネットでも見られるのだ。しかし、世界のトップエリート校ほど、このような授業の公開に踏み切っている。
かつては、例えば熊本の若者なら福岡まで出て行かなければ得られない知識や情報があった。あるいは京都、東京まで出て行かなければ得られない知識や情報もあった。そして、苦労してそれにアクセスできた人間だけが、学歴やある種の資格を獲得して、その恩恵を人生全般にわたって享受することもできた。

しかし、インターネットの時代には、単純な知識や情報は世界共有の財産となる。ネット社会は情報を囲い込むシステムではない。情報をできるだけオープンにして、そこに集まってきた人たちに広告を見せることで、ほとんどのネット産業は成り立っている。
このわかりやすい例は、実は受験産業なのだ。過去10年ほどで、地方の高校生の受験勉強は様変わりした。予備校は次々に潰れ、受験生たちはネットで林修先生などカリスマ講師陣の授業を受けている。もちろんこれらは課金がなされている。しかし、これを囲い込むことは不可能だ。隣に友だちがいて、「おい、おまえのところ貧乏で見られないんだろう。一緒に見ようぜ」と言ってしまえばおしまいだからだ。

もはや情報を囲い込むことはできない。知識や情報を得るコストは、時間的にも経済的にも急速に低減した。
そのようなネット時代を前提にして、それでもハーバードで一緒に議論をすることに意義がある。MITで、ともに学ぶことに意義がある。いや、もはや、そこにしか大学の意義はない。と、世界のトップエリート校ほど考えている。

 
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